統合によって4つの課題を解決
これまで解説してきた、
- IoTネットワーク・ファブリック(Cisco Intent-Based Network+Cisco Jasper)
- IoTデータ・ファブリック(Cisco Kinetic)
の2つを統合する(パッケージ化する)ことによって、IoTシステムは大きな威力を発揮できるようになる。これによって、図3の右側に示すように、前出した顧客側の4つの課題を解決することが可能となった。
図3 IoTネットワーク・ファブリックとIoTデータ・ファブリックによる課題解決
出所 ジャハンギール・モハメッド、「データの価値を解放するCisco IoT戦略」、2017年9月21日
Cisco Kineticの構成概要
次に、新IoTプラットフォーム「Cisco Kinetic」が提供する具体的な機能を詳しく見てみよう。
〔1〕Cisco Kineticの構成
図4は、センサー(IoTデバイス)からデータを取り出してアプリケーションに渡し、最終的に価値を引き出すというCisco Kinetic(データ処理機能)の全体概要である。
図4 Cisco Kineticの全体的な模式図
Raspberry Pi:ラズベリー パイあるいはラズ・パイとも呼ばれる。英国のラズベリーパイ財団によって教育用のシングルボードコンピューター(カードサイズ)として開発された(2012年から販売開始)。最近は、IoTデバイス等を開発するうえで手軽な体験ツールとしても、注目されている。
出所 島崎 直人、「Cisco Kineticデモンストレーション」、2017年9月21日
図4では、①センサーから収集したデータをWi-Fiによって、②Kineticクラウドで管理されているゲートウェイ(Cisco 829)に送り、ここで前処理され、③前処理されたデータをデータセンターに送り、④最終的にアプリケーションで処理される。
写真1 Cisco 829 産業用サービス統合型ルータ (ゲートウェイ)の外観
出所 編集部撮影
〔2〕ゲートウェイの役割:フォグ・アプリケーションを搭載
図4のゲートウェイ(Cisco 829:産業用サービス統合ルータ、写真1)には、フォグ・アプリケーション注8が搭載されており、送られてきたデータを(データセンターに送付する前に)前処理する。
その後、Cisco Jasper機能をもつLTEネットワークのサービスを使用して、データセンターに送付する。
この前処理によって、データセンターに送付するデータ量を、前述したようなルールに基づいて削減する。このように、IoTデバイスから発生するデータを削減し圧縮すると、LTEネットワークの通信料金を抑えることが可能となる。
このデータの前処理には、図5に示す、Kineticが提供するDataflow Editorが使用される。これは、プログラムの知識がなくともノンプログラミングで扱うことできるグラフィックユーザーインタフェース(GUI)で可能となっている。
図5 Cisco Kineticの「データフローエディター」(Dataflow Editor)の画面例
出所 島崎 直人、「Cisco Kineticデモンストレーション」、2017年9月21日
〔3〕Kineticクラウドの動作:ゲートウェイを自動的に初期設定
シスコは単にハードウェア(ゲートウェイ:Cisco 829)を提供するだけではなく、前出の図4に示したKineticクラウドで、ハードウェアの管理・運用・保守を簡単にする機能も用意している。これによって、現地にITエンジニアを派遣しなくとも、ゲートウェイの電源を入れるとネットワークに接続され、Kineticクラウドからゲートウェイの初期設定が自動的に行われる。さらに、ゲートウェイの運用から状態の監視に至るまで、すべてクラウドから管理できるるようになる。
また、どのようなアプリケーションを、どのゲートウェイにインストールし、動作させると効率がよいかについても、このKineticクラウドからまとめて制御・運用できるようになっている。
〔4〕Cisco KineticのSIMの管理機能
ゲートウェイ上で処理されたデータを、データセンターに送信する場合に活躍するのが、Cisco KineticのSIM注9管理機能である。このSIM管理機能によって、SIMの開通、休止、プランの変更、トラフィック量、通信料金などが可視化され、中央のCisco Jasperコントロールセンターからのネットワーク管理が容易になる。
このSIMは、現場に持ち込む前に設定可能なため、IoTデバイスが設置される現地での作業を削減できる。
Cisco Kinetic産業用スターター・ソリューション
〔1〕5つの産業分野にフォーカスして展開
次に、シスコのIoTプラットフォーム「Cisco Kinetic」を活用したCisco Kinetic産業別のスターター・ソリューションを紹介しよう。
スターター・ソリューションとは、顧客がIoTを導入する際に、その複雑性を解消し容易に導入するために提供されるパッケージである。
シスコは現在、図6に示す、①都市(スマートシティ)、②製造業、③石油&ガス、④運輸(交通)、⑤流通(小売)の5業種にフォーカスして、世界のパートナー企業とソリューションを作成し、顧客がIoTのメリットを享受できるように展開している。
図6 産業分野別活用例
出所 ブライアン・タンゼン、「Cisco Kinetic 産業用Starter Solution」、2017年9月21日
シスコは、2017年9月21日、日本市場向けに図6の緑色の帯で示すように、「Cisco Kinetic for 都市」に、「照明」「パーキング」「アーバンモビリティ(交通量、混雑度分析)」「環境」「安全/安心」の5つ、さらに「Cisco Kinetic for 製造業」に、「機器の健全性監視」「エネルギー管理」の2つを追加して、合計7つのスターター・ソリューションを発表した。
これらのスターター・ソリューションは、「Cisco Kinetic」とそれぞれの業種ごとに「顧客が必要とするコンポーネント」をパッケージ化したものである。
具体的には、企業が新しい価値を得るために必要な、シスコやサードパーティのハードウェア、ソフトウェア、サービスなどのすべてを1つのパッケージにしたもので、5万ドル以下で提供される。
〔2〕IoTプロジェクトの成功率100%を目指して
現在、製造業におけるIndustrie 4.0(第4次産業革命)をはじめ多分野のIoTが注目されているが、IoTプロジェクトの成功率はわずか26%と低いのが現状だ。この背景には、ビジネス価値を得るためのIoTシステムを構成するコンポーネントの組み合わせが、非常に複雑であることが挙げられている。そこで、その成功率を100%とするため、スターター・ソリューションが提供されたのである。
このスターター・ソリューションによって、素早くROI(Return On Investment、投資利益率)を実証でき、2週間以内に目的とするビジネス価値が実現可能となる。さらに、小規模なIoTシステムから、徐々に大規模システムへと拡大させていくことも可能となっている。
〔3〕使用事例:工場におけるエネルギー監視
次に、製造業の例を挙げてスターター・ソリューションの効果を見てみよう。
製造業におけるコスト削減の中で、最も関心の高い課題がエネルギー削減である。優先順位の第1位の課題として、実に77%がエネルギーコストの削減を挙げている。
図7は「Cisco Kinetic for 製造業」の使用事例である。
図7 Cisco Kinetic for製造業の使用事例:エネルギー監視
出所 ブライアン・タンゼン(Cisco)「Cisco Kinetic 産業用Starter Solution」、2017年9月21日
従来の一般的な工場では、エネルギーの可視化は工場全体を1つの電力メーターで行っているが、エネルギー監視スターター・ソリューションでは、図7に示すように、①生産エリアごと、②生産ラインごと、さらに③マシンごとに監視するように細分化し、かつリアルタイムなエネルギー監視を可能とする。
例えば、Cisco Kinetic for 製造業向けのエネルギー監視スターター・ソリューション(コンポーネント)として、
- Cisco Kineticエッジ&フォグプロセッシング
- Cisco産業用イーサネットスイッチ
- 電力計8台
をバンドルさせて、製造業の生産ラインのマシンレベルまで落とした、きめ細かいエネルギー管理を可能としている。この結果、年間100万ドル以上のエネルギーコストを削減した事例なども報告されている。
シスコの日本におけるIoTの取り組み
ここまで、シスコのIoT戦略を見てきたが、同社は、すでに日本市場において本格的なビジネス展開を開始している。その市場エリアは、現在、①製造業、②都市(スマートシティ)、③エネルギー、④交通、⑤流通・小売りの5分野となっている。
製造業分野においては、ファナック株式会社、ヤマザキマザック株式会社、横河ソリューションサービス株式会社、オークマ株式会社、株式会社牧野フライス製作所などと、また、スマートシティ分野では京都府(木津川市)などとパートナーを組み、ビジネスおよび実証事業などを展開している。
また、京都府木津川市で展開しているCisco Kinetic for Citiesの例として、スマートライティング(街灯制御)、ビデオサーベイランスマネージャ(防犯カメラ遠隔管理)、コネクテッドデジタルプラットフォーム(CDP)、通行状況分析システム(人・車等の流れの分析。2018年予定)などの導入が進められている。
日本におけるCisco Kineticスターター・ソリューションは、2017年内にリリースされる予定となっている。
▼ 注8
フォグ・アプリケーション:センサーなど現場のIoTデバイスに近いところで行うコンピューティングのことをフォグ・コンピューティング(IoTデバイスとクラウドの中間に位置する分散処理環境)という。最近では、一般的に、フォグ・コンピューティングのことを、エッジ・コンピューティングといわれている。フォグ・コンピューティングやエッジ・コンピューティングを実際に行う機器は、ゲートウェイ(ルータ)と呼ばれる場合もある。
フォグ・アプリケーションは、ゲートウェイ(ルータ)上に搭載されている。
▼ 注9
SIM:Subscriber Identify Module、携帯電話会社のサービスを利用ために、加入者の情報が書き込まれたカード(SIMカードとも言われる)