[加速する電気自動車(EV)と電力システムの融合]

加速する電気自動車(EV)と電力システムの融合《後編》

― 「EVプロシューマ参加型」電力調整市場への可能性 ―
2018/06/01
(金)
インプレスSmartGridニューズレター編集部

パリ協定(COP21、2015年)以降、世界各国の政府による電気自動車(EV:Electric Vehicle)への取り組みが活発化し、まさに「100年に1度の大革命」ともいわれる、自動車産業のEVシフトが加速している。この流れの中で、EVと電力システムを融合させた、次世代電力システムの新しい流れが見えてきた。
前編(2018年5月号)では、政府がスタートさせた「自動車新時代戦略会議」、加速するEVの普及台数や低価格化・大容量化が進むEV用蓄電池、ブロックチェーンによるP2P電力取引システムやVPP(仮想発電所)の動向、などについて解説した。後編では、先行してP2P電力取引を活発化させているドイツや英国など海外の状況を見ながら、新しく登場したP2P電力取引システムのプラットフォームを紹介する。さらに、日本の具体的な動きも紹介する。最後に、東京都市大学が取り組んでいる、具体的なEVと電力システムの融合に向けたキャンパス実証プロジェクトの先進的な展開を見ていく。
本記事は前編に続き、東京都市大学 工学部 電気電子工学科 准教授 太田 豊(おおた ゆたか)氏への取材をベースにレポートする。

P2P電力取引システムのプラットフォーム

〔1〕モバイルアプリで一括管理:イノジー(Innogy)社

(1)イノジー社のP2P電力取引のシステム

 図1は、電気自動車(EV)をターゲットとしたP2P電力取引システムの例である。ピア・ツー・ピア(P2P注1)による電力取引は海外が先行して盛んになってきており、すでにプラットフォームができつつある。

 図1左側に示すのが、前編で紹介したドイツの電力会社「イノジー」(Innogy)のブロックチェーン注2によるP2P電力取引システムである。

図1 EV(電気自動車)をターゲットとした電力取引システム

図1 EV(電気自動車)をターゲットとした電力取引システム

出所 太田 豊「電気自動車と電力システムの統合と東京都市大学でのキャンパス実証」、2018年4月10日

 イノジーはベルリン市内でEVのカーシェアリング(Share&Charge)サービスを提供し、街中に充電スタンドも設置している。また欧州各地の公共のパーキングスポットにも、イノジーが充電スタンドを順次設置している。この充電スタンドは、家庭や公共駐車場における再生可能エネルギー(再エネ)の充電をシェアできる(両方に対応可能)ようになっており、さらにこの「ローカルな再エネ発電所(駐車場)」と「系統の再エネ発電所」の発電量の状況も監視している。これらはモバイルアプリ(スマホ)で一括管理され、ブロックチェーンを使って互いにシェアする形で自由な電力取引を可能にしている。

 イノジーは、このようなアプリケーションも開発し提供している。

(2)スマホでP2P電力取引ができる

 図1左下に示すスマートフォンのアプリの中には、シェアリングするEVや充電スタンドの情報、系統の再エネ発電電力量の情報などが表示される。これを使って、再エネ電力が欲しい人には再エネの発電所(電力会社や分散電源事業者、個人の電源など所有者を問わない)から、EVが必要な電気をP2Pで取引する。

 一方、普通の電力会社の通常の電気を充電したい(しかも急いで)という人には、近くの家の充電器の情報を教えればよい。ただし、その家の充電器を利用したときには、利用者はその家の人とP2P取引で決済する必要がある。

 もう少し具体的に見てみると、Aさんの駐車場の充電器でBさんが充電すると、通常はAさんに電力会社から課金されるが、この場合は、例えば、「Bさん⇒Aさん⇒電力会社」へという決裁の流れを作ればよい。あるいは、Bさんが充電分の料金のみを小口決裁する仕組み(BさんがAさんに支払う決済の仕組み)を作ってもよい。従来は小口・個人間の決裁システムには手間とコストがかかったが、現在はブロックチェーンを活用してスマートコントラクト注3多数決裁を可能とする試みが行われている。

 「このようなP2P電力取引サービスの中で、電力系統の安定性や信頼性を維持するためのアンシラリーサービス(表1)が重要となってくると見ています。イノジーのような電力会社にとって、EVのスマート充電とアンシラリーサービスは、今後、再エネなどの不安定な電力が大量に電力系統に流入するため、電力系統を安定的に維持するうえからも重要となってくるからです。イノジーのような電力会社にとってそのようなサービスや制御を提供することは、ビジネス戦略上の1つの重要なターゲットとなってきているのです」(太田准教授)。

表1 アンシラリーサービスとは(例:英国で定義されている内容)

表1 アンシラリーサービスとは(例:英国で定義されている内容)

※日本でも市場化されているかどうかは別として、サービスは同じ内容である。
出典・引用:電気学会技術報告 第977号
TSO:Transmission System Operator、送電系統運用者(送電会社)
出所 日本電機工業会(JEMA)の「技術キーワード解説」をもとに編集部で作成

〔2〕モイクサ(Moixa)社のグリッドシェア・プラットフォーム

 前出の図1の右側に示す内容が、英国の一般家庭向け蓄電池ソリューション事業を展開している英国ベンチャー企業「モイクサ」(Moixa)注4のグリッドシェア・プラットフォームである。このプラットフォームは、ユーザーをはじめ配電系統運用者(DSO)、アグリゲータ、電力系統運用者(TSO)のすべてに対応するインタフェースをもち、それぞれの目的を最適化するようなエネルギーマネージメントを、蓄電池やEVで実現する。

 日本からは、東京電力ホールディングス(HD)が2017年3月にモイクサに出資している注5

〔3〕モイクサのプラットフォーム

 次に、モイクサのグリッドシェア・プラットフォームを見てみよう。このプラットフォームは図1(2)に示すように、大きく次の3つから構成されている。

  1. グリッドシェア・クライアント
  2. グリッドシェア・パートナー
  3. グリッドシェア・サービス

 例えば、ユーザー宅(顧客宅)の蓄電池に今60%が蓄電(図1右の左下のディスプレイに表示)されていたとする。この蓄電されている電気を何の目的に使いたいか、例えば、

  1. ユーザー(顧客)自身で消費したいのか
  2. 近所のパートナーに消費してほしいのか
  3. 電力会社(系統)に買ってほしいのか

というような3つの質問を投げかけて、ユーザーがこの電気をどこにどのくらいの割合で使いたいかを選んでもらう。家の電気代を低減したい場合は自宅で使う、系統(アンシラリーサービス)に貢献したい場合は電力会社(系統)に売る、という具合だ。グリッドシェア・プラットフォームには、ユーザーの代わりにスマートAI(機械学習)を使って、このような判断を自動的に最適化できる機能が盛り込まれている。

 英国では、すでに二酸化炭素ガス(CO2)の排出による地球温暖化への対策として、石炭火力発電を停止する方針注6が決定されている。これによって大規模な火力発電所がなくなるため、このようなスマートAIを駆使した、きめ細かい調整能力が必要となってきているのだ。

〔4〕蓄電池と太陽光発電をセット販売

写真1 モイクサ(Moixa)社の蓄電池(蓄電容量:2kWh)の外観

写真1 モイクサ(Moixa)社の蓄電池(蓄電容量:2kWh)の外観

出所 http://www.tepco.co.jp/press/release/2017/pdf1/170404j0101.pdf

 さらに、モイクサは、英国の住宅に適したコンパクトで安価な蓄電池(蓄電容量2〜3kWh)を一般家庭向けに設置・販売・リースを展開し、同時に、太陽光発電パネルもセットにした販売を行っている。同社のグリッドシェア・プラットフォームによって、遠隔から、各所に散在している蓄電池の充放電を最適に制御することも可能だ。

 このような多数の蓄電池の制御によって、蓄電池の余剰電力を集約してVPPを実現し、系統運用者または小売事業者に周波数調整(アンシラリーサービス)などの調整力として販売している(図2、写真1)。

 なお、伊藤忠商事はモイクサと契約を結び、その提携の第一弾として、モイクサと共同でグリッドシェア・プラットフォームの国内仕様を作成すると発表した。2018年夏頃までにこのサービスを同社のSmart Star製品注7に標準搭載し、グリッドシェア・プラットフォームを活用した「蓄電池最適オペレーションサービス」を展開していく予定である注8


▼ 注1
P2P:Peer to Peer、ピア・ツー・ピア通信(対等通信)。参加者間(例:家庭と家庭の間)で、サーバ等を経由せずに(つまり電力会社等を経由せずに)直接・相対で電力の取引を行うこと。

▼ 注2
ブロックチェーン(Block-chain):分散型台帳。ネットワーク上で、暗号化された複数の取引記録(ブロック)を連続(チェーン)させ、多数のユーザーで共有することによって、低コストかつ改ざんが非常に困難な台帳型データベースを実現する技術。

▼ 注3
スマートコントラクト(Smart Contracts):ブロックチェーン技術を活用したP2P取引プラットフォームの中で、契約(コントラクト)の条件や確認、その履行などを自動的に行う技術。

▼ 注4
モイクサ(Moixa):Moixa Energy Holdings Ltd.、設立2006年、本社:英国ロンドン、従業員数:33名

▼ 注5
東京電力ホールディングス、「英国ベンチャー企業Moixa社への出資について」、2017年4月4日ニュースリリース

▼ 注6
2017年11月16日、国際持続可能開発研究所(IISD:International Institute for Sustainable Development)は、地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定(COP21)の目標達成に向け、ドイツのボンで開催されたCOP23において、英国とカナダなどを含む世界の25カ国・自治体が、石炭火力発電からの脱却を加速させることを目的に、脱石炭同盟(Powering Past Coal Alliance)を結成したことを発表した。

▼ 注7
Smart Star製品:伊藤忠商事は、2014年12月に蓄電システム(Smart Star:リチウムイオン電池、定格容量6.6kWh)を製品化し、その後、2017年5月に、最新モデル「Smart Star L」(9.8kWh)を発売した。

▼ 注8
伊藤忠商事、「英国 AI技術による蓄電システム最適制御サービス会社との資本業務提携」、2018年1月29日、
https://www.itochu.co.jp/ja/news/press/2018/1195948_1673.html
https://www.itochu.co.jp/ja/news/press/2017/170512.html

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