ビジネスチャンスはどこにあるのか
脚光を浴びている分散型台帳技術だが、仮想通貨以外では実運用されている革新的なサービスはまだまだ限られている印象だ。その理由の1つとして考えられることは、分散型台帳技術を導入するためには、既存のシステムやプロセスも変革しなければいけないことが多く、時間も手間もかかり、手軽にできない点である。そのシステムが業界全体にわたるものや、他社との連携を含むものであれば、なおさら大変である。
エネルギー分野で最も注目されているP2P電力取引にしても、法規的な課題があったり、課金請求や需給管理のために既存の電力情報システムとの連携が要求されたりする可能性があり、ハードルは高いと言える。図2に示したとおり、33社の電力取引プラットフォームの開発状況を見ても、プロダクトも案件もない企業は全体の約40%にのぼっている。
分散型台帳技術の特徴やメリットをよく理解したうえで、自社が直面する課題やニーズに適用し、「周り」を大幅に変更しなくてよい小さい案件から早期に使ってみる、というのはよいアプローチだと考える。
今回はエネルギー分野における5つの代表的な応用技術を紹介したが、分散型台帳技術の適用範囲はこれらに限定されるわけではない。むしろ、業界の細部にわたって精通している方々が、新しい適合領域や応用の方法を発見、発明、創出することを期待したい。
小さく始めて短期間で商用運用にこぎつけた事例
最後に、著者が秀逸だと考えている事例を紹介したい。
2018年7月10日に、みんな電力株式会社が「ブロックチェーンP2P電力取引プラットフォーム(ENECTION2.0)」注26を使って、丸井グループの店舗施設の一部に発電源を特定した再生可能エネルギーの供給を行うと発表した注27。これは、同社が確保した青森県の卒FIT再エネ電源(固定価格買取制度の買取期間が満了した電源)からの供給と需要家の需要の需給マッチングを行い、ブロックチェーンによる電源証明付の電気の供給を行うものである。
同社がブロックチェーンを活用したP2P電力取引プラットフォームの開発を発表したのが2018年2月28日なので、4カ月強で初期の商用運用に至ったことになる注28。P2P電力取引の開発を発表してからプロダクトも案件もない企業が世界中に多く存在する中で(図2参照)、同社は異例の速さで商用運用を開始したと言える。また、次の点で秀逸であると考える。
①最終的には比較的難しいN:Nの発電源と需要家のマッチングを行うと思われるが、1:1の最もシンプルな形でできる方法を見つけ、「まずやってみた」こと。
②供給側には、法的枠組みがまだない住宅用太陽光の余剰電力ではなく、法的に問題がない発電事業者を選んで、確保したこと。
③脱炭素化・RE100注29などの浸透とともに増加する再エネ電源調達のニーズに対応するサービスであること。
④ブロックチェーン技術がもつ記録保存の機能に着目し、これを電源証明という形にうまく適用していること。
同社は、すでに参加する発電事業者と実顧客を確保しており、フィードバックを得ることで、将来のよりよいサービスにつながっていくことであろう。
* * *
今回は、本連載の最終回になる注30。エネルギー分野でのブロックチェーンの応用というテーマで、世界の事例や主要な事例の詳細を解説してきた。ブロックチェーン技術の各産業分野での応用は始まったばかりであり、これからも業界の課題を深く知る方々から創造的な活用方法が生まれることを期待している。
◎プロフィール(敬称略)
大串 康彦(おおぐし やすひこ)<
株式会社エポカ 代表取締役
1992年荏原製作所入社、環境プラントや燃料電池発電システムの開発を担当。2006年から2010年までカナダの電力会社BC Hydro社に在籍し、スマートグリッドの事業企画担当・スマートメータインフラ入札プロジェクトチームに参加。その後、日本の外資系企業で燃料電池・系統要蓄電池等のエネルギー技術の事業開発を担当。
yasuhiko.ogushi@epoka.jp
▼ 注26
現時点では小売事業者であるみんな電力を介して発電源と需要家がマッチングされる取引となっており、〔1〕で説明した第三者なしに需要家同士が取引を行うP2Pではない。
▼ 注27
http://corp.minden.co.jp/wp-content/uploads/2018/07/20180710_release.pdf
▼ 注28
http://corp.minden.co.jp/wp-content/uploads/2018/02/20180228_release.pdf
▼ 注29
RE100:Renewable Energy 100、再生可能エネルギー100%推進イニシアティブ。企業の事業運営を100%再エネで調達することを宣言した企業が加盟している団体。丸井グループは2018年7月10日に加盟(日本企業で8番目)を発表。現在世界の152社が加盟、うち日本は11社が加盟。
http://www.0101maruigroup.co.jp/pdf/settlement/18_0710/18_0710_1.pdf
▼ 注30
[本連載のタイトル]
- 連載第1回:2018年4月号「世界の事例から見るエネルギー+ブロックチェーンの全体像」
- 連載第2回:2018年6月号「ブロックチェーンを使った電力取引プラットフォーム」
- 連載第3回:2018年8月号「ブロックチェーン技術は再エネの大量導入に役立つのか?」
- 連載第4回(最終回):本号・2018年10月号「エネルギー+ブロックチェーンのビジネスチャンスはどこにあるのか」