[急展開するエネルギー分野のブロックチェーン]

急展開するエネルギー分野のブロックチェーン

— 第4回(最終回) エネルギー+ブロックチェーンのビジネスチャンスはどこにあるのか —
2018/10/01
(月)
大串 康彦 株式会社エポカ 代表取締役

エネルギー分野での代表的応用技術(用途)の課題と展望

 本誌2018年4月号の記事では、世界中で起こっているエネルギー+ブロックチェーンのプロジェクトを分類してまとめたが、この中から代表的な5つの用途を抽出し、(1)達成しようとしていること、(2)代表的事例、(3)実用化に向けての状況、(4)ブロックチェーンのメリットをどう活かそうとしているか、そして(5)直面し得る課題や障害、などを分析し以降にまとめる。

〔1〕P2P (Peer-to-Peer)電力取引

(1)達成しようとしていること

 FITのような、政府による再エネの導入支援策が縮小・廃止されたとき、従来買い取りを行っていた電力会社に頼らず、再エネの余剰電力を地域で使う、家族や友人とシェアする、買いたい人に販売できる、など自由に取引できるシステムを構築する。

(2)代表的事例

 Power Ledger(豪州)注4、LO3 Energy(米国)注5、デジタルグリッド(日本)注6

(3)実用化に向けての状況

 すでに、世界中で30社以上の企業が電力取引プラットフォームの開発を手がけており、その主要技術としてP2P電力取引がある。現在は主に実証段階であり、商用運用されている事例は確認されない。オーストラリアのPower Ledger社が2018年3月にオーストラリアで最初の商用案件注7を、続いて5月に米国での商用案件注8を発表しているが、運用開始はこれからの模様である。

 2018年8月時点で確認されている33事例の状況を図2に示す。ここには卸売レベルでのP2P実証実験2件を含む。また、後に紹介するみんな電力の事例は、現時点では電源証明(発電地点や電源の種類など属性情報を含めた電気の由来を証明する)の分類とし、P2P電力取引の商用運用には含まない。

図2 電力取引プラットフォーム開発企業の状況(2018年8月時点、n=33社)

図2 電力取引プラットフォーム開発企業の状況(2018年8月時点、n=33社)

出所 各社公開情報をもとに著者作成

(4)ブロックチェーンのメリットをどう活かそうとしているか

 中央管理組織の仲介なしに参加者同士(余剰電力を供給する太陽光発電オーナーと需要家)が取引を行える。また、取引するデータの改ざんができないため、(計量が正確であるという前提で)取引の正当性が担保される。ただし、既存のシステムの信頼性が十分に高い場合は大きなメリットにならない可能性がある。

(5)直面し得る課題や障害

 ①日本では一般の需要家が別の需要家に電気を供給する場合、現状では小売電気事業者として国に登録をしなければ、電気を販売することができない。しかし、実際に、太陽光発電設備などをもつ一般家庭や小規模事業者が小売電気事業者の登録を行うのは非現実的である。現時点ではP2P電力取引の法的枠組みがない。

 ②P2P電力取引の参加者は既存の小売電気事業者とも契約を継続するという前提では、電力取引における課金請求や需給管理のために、P2P電力取引システムと既存の電力会社の電力情報システムの間で、情報連携が必要となる可能性がある。

 ③太陽光発電が発電しないときの電気の供給、電気の流通インフラ提供(配電網の提供)、品質確保(安定した電圧や周波数)、信頼性確保などは、既存の小売電気事業者や送配電事業者に依存するところが大きく、完全に仲介者を排除したモデルとはなりにくい注9

〔2〕電力・ガス卸売市場における取引の効率化

(1)達成しようとしていること

 電力・ガスの卸売市場での取引において仲介者をなくし、取引の効率を上げ、取引コストを下げる。

(2)代表的事例

 Enerchain(エナ—チェーン。ドイツのPONTON社を開発会社とする、40社以上が参加する欧州のコンソーシアム)注10

(3)実用化に向けての状況

 2016年にプロトタイプ開発およびデモを実施、2017年から2018年3月まで実証実験を実施し、2018年8月現在、法人組織体の準備などの活動を継続している。

(4)ブロックチェーンのメリットをどう活かそうとしているか

 市場取引のプロセスで、情報伝達が特定の組織間で孤立化し非効率な部分が形成されることを、ブロックチェーンによる情報の同期により改善する、情報伝達チャネルとして利用注11する。

(5)直面し得る課題や障害

 ①取引コストを下げることは期待されているが、実運用ベースで本当に達成できるか未実証である。
 ②現状では上流側プロセスにあたる取引実行への適用だが、決済や報告など下流側プロセスへの適用注12は今後の課題となっている。
 ③今後、電力市場の規制やルールに対応することも必要となる注13

〔3〕電気自動車の充電管理

(1)達成しようとしていること

 電気自動車(EV)のユーザーに充電の利便性と透明性について、また充電設備のオーナーにも誰がいつどこで何kWh充電したかの透明性を提供する。

(2)代表的事例

 Share&Charge(ドイツ)注14、ZF「Car eWallet」(ドイツ)注15、中部電力・Nayuta・インフォテリア(日本)注16

(3)実用化に向けての状況

 Share&Chargeは2017年4月に正式版を公開、ドイツ国内の1,200以上の充電ポイント(2018年5月現在)で運用中。取引決済システムのCar eWallet注17は商用化。中部電力は実証実験段階。

(4)ブロックチェーンのメリットをどう活かそうとしているか

 ①信頼できる特定の管理者を必要とせず、充電記録や履歴を改ざんなく管理することができ、それに基づいた正当な取引を可能とする。
 ②安い決済手数料を提供する(Car eWallet)。
 ③安価な導入費用を提供する(中部電力)。

(5)直面し得る課題や障害

 電気自動車の充電にかかる電気料金は、1回につき1,000円以下の少額と思われるが、ブロックチェーンを使わず、1回あたりまたは時間あたりの定額課金でも公平性のある課金は十分可能かもしれない。これらの方法に比べ、大きな優位性や価値を生めるかが今後の課題と考えられる。

〔4〕再エネ発電所資金調達・投資プラットフォーム

(1)達成しようとしていること

 再エネ開発の資金調達を容易にする。

(2)代表的事例

 The Sun Exchange(南アフリカ)注18、WePower(リトアニア)注19、SolarDAO(ロシア)注20

(3)実用化に向けての状況

 The Sun Exchangeは資金調達が完了し稼働中の案件が2件ある。

(4)ブロックチェーンのメリットをどう活かそうとしているか

 ①仮想通貨を使い、クラウドファンディング方式で資金調達を実現させる。
 ②発電・消費データの記録保存と取引の正当性を担保し、スマートコントラクト(契約の合意内容を自動的に執行する仕組み)を使い資金の移動・分配を自動で行う。

(5)直面し得る課題や障害

 ①投資家は投資の意思決定をするにあたり、自分で精査を行うか、開発事業者・サービス運営事業者を信頼する必要がある。
 ②本モデルにより資本コストが安くなる可能性はあるが、投資家に対し魅力的なリターンを提供しなければならないため、高収益案件が必要であることは従来と変わりがない。

〔5〕再エネ由来電気の仮想通貨・証書・証明

(1)達成しようとしていること

 再エネの導入に対して新たなインセンティブ(誘因となる報酬)を付与し、再エネの普及を加速する。

(2)代表的事例

 SolarCoin(米国)注21、KWHCoin(米国)注22、環境省「平成30年度ブロックチェーン技術を活用した再エネCO2排出削減価値創出モデル事業」注23

(3)実用化に向けての状況

 SolarCoinは64の国や地域で運用され、4カ所の仮想通貨取引所で取引されている。KWHCoinは2018年に運用開始。環境省事業は実証実験段階。

(4)ブロックチェーンのメリットをどう活かそうとしているか

 ①太陽光発電の価値をデジタルアセット(資産)化した仮想通貨であり、信頼できる中央管理組織なしに価値の保存や交換が可能である。
 ②発電種(例えば太陽光発電か風力発電か)や発電地点などの属性を記録し、価値取引を行える(環境省事業)。

(5)直面し得る課題や障害

 ①2014年に運用開始したSolarCoinに関しては、2018年8月25日現在、1MWhの発電で付与される1SLR(1 SolarCoin)の市場価値は12.31円である注24。5kWの太陽光発電で1年間発電しても付与されるSolarCoinは100円以下の価値しかなく注25、再エネ導入のインセンティブとしては効果が期待できないレベルである。
 ②追加の計測器や通信設備が必要な場合、事業の収益性に大きく影響する可能性がある。
 ③再エネ仮想通貨が環境価値を表象すると、再エネ仮想通貨や再エネ証書間のダブルカウント防止の仕組みがないことが問題となる可能性もある。


▼ 注4
https://www.powerledger.io/

▼ 注5
https://lo3energy.com/

▼ 注6
http://www.digitalgrid.com/

▼ 注7
https://bit.ly/2BJhJbi

▼ 注8
https://bit.ly/2rc0hUd

▼ 注9
著者の公開記事で解説。

▼ 注10
https://enerchain.ponton.de/

▼ 注11
https://ponton.de/downloads/mm/Potential-of-the-Blockchain-Technology-in-Energy-Trading_Merz_2016.en.pdf p21

▼ 注12
https://ponton.de/focus/blockchain/enerchain/

▼ 注13
https://ponton.de/downloads/enerchain/EnerchainKeyInsights_2018-03-29_final.pdf p9

▼ 注14
InnogyやMotionWerkらが出資・参加するプロジェクト名

▼ 注15
Zahnradfabrik Friedrichshafen(ツァーンラートファブリーク・フリードリヒスハーフェン)」の頭文字。同社のサービス名

▼ 注16
https://www.chuden.co.jp/corporate/publicity/pub_release/press/3267230_21432.html

▼ 注17
Car eWallet:カー・イーウォレット。ブロックチェーン技術を使用して、自動車が安全に効率的に電力取引を行う取引決済システム

▼ 注18
https://thesunexchange.com/

▼ 注19
https://wepower.network/

▼ 注20
https://solardao.me/

▼ 注21
https://solarcoin.org/

▼ 注22
https://kwhcoin.com

▼ 注23
http://www.env.go.jp/earth/blockchain.html

▼ 注24
https://coinmarketcap.com/currencies/solarcoin/

▼ 注25
設備利用率を13%とすると、
①5kW×8,760(時間/年)×13%=5,694kWh/年=5.694MWh/年
②5.694×12.31=70.09円/年

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