ビル全体の統合的設計の重要性とその効果
写真3 エイモリ―・B・ロビンス(Amory B. Lovins)博士
出所 編集部撮影
〔1〕基本コンセプト「統合的設計」
ロビンス博士(写真3)は、講演の中で、最初に、脱炭素化に向けたビルディング(建築・住宅)のエネルギー効率化は、個々にばらばらな改善を行うよりも、ビル全体を統合的に設計したほうが、効率化かつ低コスト化の効果が向上し、建設費を抑えることができる、というRMIの基本コンセプト「統合的設計」を述べた。
そのために重要なこととして、博士は恩師でもある、ポラロイド社の創立者で発明家、エドウィン・ハーヴァード・ランド〔Dr. Edwin H. Land(1909-1991)〕氏の言葉を引用し、「クリエイティブな行動や新しいアイデアを思いつく人は、古いアイデアを捨て、これまでの前提や思い込みに縛られないこと」が重要であると語った。
表2 建物の要素別の最適化と統合的設計のコスト比較
(1)建物の要素別の最適化と回収期間[単位:ドル]
(2)建物における統合的な設計による省エネと回収期間の短縮[単位:ドル]
※年間約4,500ドルの省エネを回収期間1年で実現。
出所 エイモリー・B・ロビンス、「抜本的な効率化・低コスト化のための統合的設計」、2018年10月5日
〔2〕統合的設計の効果の例
統合的設計の具体例として、米国コロラド州ロッキー山脈の麓に位置するデンバー(Denver)にある、典型的な1,208m2の規模のオフィスビルの分析例(表2)が示された。
表2(1)は、同オフィスビルを要素別に最適化する場合の費用の増分(計26,200ドル)と年間節減額、およびを回収期間(ペイバック)を示した設計のケースである。この場合、コストの回収は、表に示すような時間がかかってしまう(例:断熱関係だけで15年以上かかる)ので、どれも改善するのが困難に見える。
しかし、発想を変えて、これを表2(2)に示すように統合的設計の視点から見直し、建物の東西の窓を削減(-4,160ドル)して、室内の温度が上がらないように変更したり、空調システムについては、集中的冷暖房システムではなく負荷の小さい小型空調システムに替えたりするなどしてコストを削減(-17,700ドル)した。これによって、純投資額を4,380ドルに抑えることが可能になった。年間約4,500ドルの省エネが可能となったため、最初の純投資コスト(4,380ドル)は1年間で回収可能となった。これが統合的設計の効果の例である。このようなケースは、すでに1,000棟を超えるビルで実際に行われているという。
〔3〕オフィスビルのエネルギー効率改善の具体例
(1)エンパイヤステートビル
図1は、RMIの統合的設計を使用して、米国のいくつかのオフィスビルのエネルギー効率改善の例を示したものである。
図1 米国のオフィスビルの例:エネルギー効率が3〜4倍向上、コストの4倍の効果を実現
出所 エイモリー・B・ロビンス、「抜本的な効率化・低コスト化のための統合的設計」、2018年10月5日
図1の左端に示したのは、米国ニューヨークのシンボルの1つであるマンハッタン区の超高層ビル「エンパイヤステートビル」(高さ381m、総床面積:20万4,385m²、6,500個の窓や73基のエレベータを設置)である。
同ビルを2010年に改修し、エネルギー原単位注8を約277から173(kWh/m²-y)と-38%も向上させ、5分の2に抑えることができている。これによって、同ビルの改修にかかった投資コストを3年間で回収することに成功した。米国のオフィスのエネルギー原単位の平均値(約293)よりも、大幅にエネルギー効率を向上させたのである。
(2)エンパイヤステートビルの改修と統合的設計の効果
図2に、エンパイヤステートビルの改修における統合的設計によるコスト削減の具体例を示す。まず、6,514枚の窓をスーパーウィンドウ(2〜3重のガラスにアルゴンガスなどを封入した断熱の窓、計400万ドル)に替え、光は通すが遮熱することによって、空調の効率を大幅に改善した。さらに、ローカル側の空調機をきめ細かに制御できるコンパクトな分散DDC(Direct Digital Controller、デジタル制御装置、計560万ドル)や、照明やプラグ(計870万ドル)などを含めて、総計約2,340万ドルの改修投資コストとなった。
図2 エンパイヤステートビルの改修における統合的設計の例
出所 エイモリー・B・ロビンス、「抜本的な効率化・低コスト化のための統合的設計」、2018年10月5日
これらの導入によって、冷房負荷を3分の1に抑えることが可能になり、小型のチラー(空調機)などへの改装などによって、投資コストを1,740万ドルも大幅にマイナスさせることができた(実質投資コスト:2,340万ドル-1,740万ドル=600万ドル)。
これらによって、年間エネルギーの節減額は440万ドルに達し、改善部分の投資コストの回収期間は3年程度に短縮された。なお、エネルギー勘定以外に、ビルのオーナーやテナントにとってのメリットなども勘案すると、回収期間は1年程度とも評価されている。
▼ 注8
エネルギー原単位:各種エネルギーがどれだけ効率良く生産に使われたかを見るための指標。単位はkWh/m2-yであり、年間(y)に1m2当たりで消費する電力量(kWh)を示す。kWh/m2-yが小さいほど効率が良いとされている。