[特集]

「容量市場」「需給調整市場」は競争市場になり得るか

― 重要な脱炭素政策との整合性と再エネ電源の需給調整への活用 ―
2020/07/11
(土)
インプレスSmartGridニューズレター編集部

日本の発電分野の競争状況

 日本における小売電力の市場競争を行うための前提条件として、卸電力市場において、発電事業者から小売電気事業者に、どのような電力供給が行われているのか、また、その市場が競争的であるかどうかについて、見てみよう。

 表4は、2019年9月末現在の、日本の発電分野の競争状況を示したものである。

表4 日本の発電分野の競争状況(2019年9月末現在)

表4 日本の発電分野の競争状況(2019年9月末現在)

1GW:1,000MW=1,000,000kW=100万kW=1,000,000,000W=10億W。262GWは、26,200万kW=2,620億W
JERA(ジェラ):東京電力フュエル&パワーと中部電力の合弁会社。「日本(Japan)のエネルギー(Energy)を新しい時代(ERA)へ」という意味。資本金50億円、2015年4月30日に設立。出資比率は東京電力フュエル&パワーが50%、中部電力が50%で、事業内容は海外事業も含めて、電気事業・ガス事業・熱併給事業をはじめ、エネルギー資源の開発・売買等。
※1-1 発電所数・出力:1-(1) 電気事業者の発電所数・出力(「発電所数・出力」の項参照
※1-2 自家用発電:5-(1) 自家用発電所数、出力(「自家発電」の項参照
※2 下記URLの4ページ目の「詳細情報ダウンロード(データ構成の詳細はこちら)」の【A表 都道府県別認定・導入量(2019年9月末時点)】をクリックするとダウンロードされるExcelファイルの[表A②-1]シートで「都道府県別導入容量(新規認定分)」を確認できる。
https://www.fit-portal.go.jp/PublicInfoSummary
出所 木村誠一郎、「発電分野における競争促進と市場制度改革/需給調整市場」、自然エネルギー財団(2020年5月26日)をもとに編集部で作成
(参考)経済産業省資源エネルギー庁 「固定価格買取制度 情報公表用ウェブサイト」
(参考)JEPXの取引概要

 表4から、次のことが確認できる。

  1. 電気事業者の電源保有状況(全電源出力の合計)は、262GWである。このうち旧一般電気事業者や旧卸電気事業者などの保有が212GWであり、全体の約80%も占めていることがわかる。
  2. また、自家発電注6が28GW、さらに上記(1)の2つの電源と重複するところもあるが、FIT(固定買取価格)の認定分として、51GWがある。

 これらを統合すると、現在、日本には総計300GW(30万MW)以上の電源設備があると推定される。

 このうち、旧一般電気事業者および旧卸電気事業者の割合は、少なくとも60〜70%(212GW÷300GW)程度の電源設備を保有している。それらの電源設備の多くは、総括原価方式注7の時代に建設されたものであり、すでに減価償却が終わって競争力のある電源設備と、そうでない新設された電源設備が混在している。このため、「かつて建設された電源設備が優遇されるようなことがあっては、市場環境として正当ではない」と木村氏は語る。

スポット市場および時間前市場

〔1〕日本のスポット市場等の取引率は40%

 2005年JEPXで行われている卸電力市場では、発電事業者と小売電気事業者間で多くの取引が行われる、「前日スポット市場」(単に「スポット市場」ともいわれる)がある。

 図3に示すように、電力の小売全面自由化は、2016年4月(Q2)から開始された。また、2017年春からは、旧一般電気事業者においてグロスビディング(後述)の取り組みが自主的に開始され、さらに2018年10月には、連系線を使用する発電と小売に関しては、市場から電力を調達するという「間接オークション」(後述)が開始された。

図3 販売電力量に対する前日スポット市場および時間前市場の取引率の推移

図3 販売電力量に対する前日スポット市場および時間前市場の取引率の推移

出所 木村 誠一郎、「発電分野における競争促進と市場制度改革/需給調整市場」、自然エネルギー財団、2020年5月26日

 これに伴い、直近では図3の2019年Q4を見ると、需要に対するスポット市場および時間前市場における取引率は、約40%となっている。

〔2〕海外との比較

 これらを海外と比較して見ると、制度が比較的日本と近いドイツや英国では30%〜50%がスポット市場で電力取引が行われ、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマークなどの北欧では、ノードプール(Nord Pool)というスポット市場(国際卸電力市場)が開設され、電力取引は90%がスポット市場取引で行われている。

 木村氏は、「日本では、前出の図3に示したように、前日スポット市場および時間前市場が約40%と一定の拡大が見られるものの、(グロスビディングは)旧一般電気事業者の自主的取り組みという側面が強いため、今後に、不確実性が残る」そこで、「電気やガスの市場監視を担う第三者機関である電力・ガス取引監視等委員会(経済産業省の管轄)は市場監視を強め、グロスビディングを義務化するなどして、恒久的に行われるような措置によって、更なる市場規模の拡大を実現すべきではないか」と提言した。

〔3〕グロスビディングとは

 ここで、前出の図3に示すグロスビディング(Gross Bidding)注8を簡単に紹介しておこう。

 グロスビディングとは、直訳すると「全容量を入札すること」である。大手電力会社(旧一般電気事業者)各社が、グループ内で取引している電力の一定量あるいは全容量(グロス)を市場に放出する仕組みのことである。

 電力の自由化に伴って、新たに登場した多数の小売電気事業者では、顧客への電力販売量が増大する。そのため、小売電気事業者が電力を安定的に調達し、顧客へ供給できる公平な仕組みが求められる。その仕組みの1つが、グロスビディングである。

 電力の自由化前は、旧一般電気事業者の発電部門は、発電した電力を同社の小売部門に直接渡してビジネスを展開していたが、これでは小売電気事業者は、顧客に安定した電力を提供できない。そこで、旧一般元気事業者等の発電部門は、次のような新たな仕組みに従うことになった。

  1. 発電した電力量の一部、あるいは全発電量を同社の小売部門に直接渡すのではなく、
  2. JEPXを通して市場に売却するようにする。
  3. 同時に、旧一般電気事業者の小売部門は、グループ内で必要となる電力量を市場(JEPX)から買い戻して、自社における電力の需要と供給を一致させる。

 これがグロスビディングである。グロスビディングは、旧一般電気事業者では、2017年度の早期に開始された注9

〔4〕間接オークションとは

 次に、図3に示す間接オークション注10についても簡単に説明しておこう。

 日本では、東京電力などの旧一般電気事業者10者の供給エリアごとに送配電網が形成され、エリアをまたいで電力を供給する(相互に融通する)ために、「連系線」(送電線の一種)注11が整備されているが、その連系線の容量には限界がある。

 例えば、北海道電力と東北電力を結ぶ連系線として、北本連系線(キタホンレンケイセン。北海道と本州の連系線)は合計90万kWの容量しかない注12

 そこで、連系線の利用について、

  1. 従来のように先着順に利用できるようにする「先着優先ルール」から、
  2. 連系線をより効率的に利用し、スポット市場での入札価格の安い電源の順番(「広域メリットオーダー」といわれる)に利用して、送電できるようにするルール

が、2018年10月1日に導入された。

 これが間接オークションといわれるもので、旧一般電気事業者の各エリア間で、電力を相互に融通しあう連系線の新しい利用ルール(割当てルール)のことである注13。これによって、公平な競争環境が促進されることが期待されている。

〔5〕直接オークションと間接オークション

 「連系線(送電線)を利用する権利(送電権)」を、オークションによって直接的に割り当てる仕組みを「直接オークション」(Explicit Auction)という。これに対して、「間接オークション」(Implicit Auction)は、送電権の割当てを直接的に行わず、連系線の利用に関する電力取引がJEPX市場で成立すると、JEPXを介して、間接的に送電権を確保することができる。

 具体的には、地域間で電力融通を行う連系線(図4、イメージ図)について、

  1. 従来の「先着優先ルール」〔図4左の①8円/ kWh、②10円/ kWh、③7円/ kWh、④25円/ kWhという先着順(登録順)〕(直接オークション)による運用を廃止し、
  2. スポット市場において、入札価格が安い電源順(図4右の①5円/ kWh、②7円/ kWh、③8円/ kWh、④10円/ kWh)に送電できる「間接オークション」に変更する

ことである。これによって、先着優先方式で生じる「空おさえ」なども防止できる。

図4 競争的な連系線利用ルール(間接オークション)の導入イメージ

図4 競争的な連系線利用ルール(間接オークション)の導入イメージ

出所 資源エネルギー庁「間接オークションについて」、2018年10月1日

 これまでの「先着優先ルール」では、新規に価格の安い電源が市場に現れても、連系線の空き容量が十分でない場合には、連系線を利用できなかった。

 しかし、間接オークション導入後は、従来の「先着優先ルール」に基づいた連系線予約を停止し、すべての連系線容量をスポット市場取引に割り当てることになった。これによって、卸電力市場の活性化とともに、広域的かつ効率的な電源活用が期待できる。

〔6〕直接オークションと間接オークションの違い

 図5は、従来、実際に行われていた直接オークション(先着優先ルール)と新ルールである間接オークションの違いを示した図である。

図5 連系線の活用法:従来の仕組みと間接オークションとの違い

図5 連系線の活用法:従来の仕組みと間接オークションとの違い

出所 https://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/electric/implicit_auction/pdf/summary.pdf

 図5左は、スポット市場で、まず先着優先(例:①〜⑥)で連系線を割り当てた後、その残りの一部の連系線の空き容量の範囲内で、新規に価格の安い電源順に送電する(間接オークションを行う)、ハイブリッド的な仕組みを示す。

 一方の図5右は、すべての連系線容量を前日スポット市場に活用(間接オークション)している例である。


▼ 注6
自家発電:ガスタービン発電やディーゼル発電、メガソーラー発電などによる発電設備の合計出力が1,000kW以上の自家用発電所が報告の対象となっている。そのため、単独では出力が1,000kW未満の発電設備も報告されている。

▼ 注7
総括原価方式:「発電設備」「送電設備」「電力販売費」「人件費」など、すべての費用を「総括原価」としてコストに反映させ、その上に一定の利益を上乗せした金額が、電気の販売収入に等しくなるように電気料金を決める方法(この方法では赤字になる心配がない)。これは、電力システム改革以前に、国の基幹産業であり公共事業でもある電力会社を保護する目的から、電気事業法で保証された方式であった。

▼ 注8
https://www.emsc.meti.go.jp/activity/emsc_system/pdf/028_04_00.pdf

▼ 注9
「旧一般電気事業者によるグロス・ビディングの実施状況」の15ページ参照

▼ 注10
資源エネルギ庁「間接オークションの開始について」参照。

▼ 注11
連系線のイメージ:資源エネルギー庁「間接オークションについて」参照。

▼ 注12
北本連系線をはじめいくつかの連系線については広域機関で増強計画が推進されている。

▼ 注13
https://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/electric/implicit_auction/pdf/summary.pdf

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