[クローズアップ]

IEAの『世界のエネルギー展望2020』に見る脱炭素社会への展望

― 「2050年実質ゼロ」には発電約75%をCO2排出少ない電源に、50%以上の自動車を電動化へ ―
2021/01/10
(日)
新井 宏征 株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役社長

再生可能エネルギー増加と石炭火力の段階的廃止

 この再生可能エネルギーの内訳としては、もっとも需要が多いのが水力だとされている。次いで太陽光、風力と続くが、中でも太陽光は2022年以降、大きく成長していくと想定されている。

 一方、どのシナリオでも大幅な減少が想定されている石炭については、「公表政策シナリオ」を前提としたとしても、コロナ前の需要に戻ることはないだろうと想定されている。これは世界各国における石炭火力の段階的廃止(フェーズアウト)方針を踏まえたものである。

 経済産業省 資源エネルギー庁による「海外の石炭火力政策動向について」という資料によれば、ドイツやイギリス、フランスによる石炭火力の廃止に関する方針が紹介されており、それぞれ目標年度が2038年(2035年への前倒し検討)、2025年(2024年への前倒し検討)、2022年となっている。また日本では2020年7月3日の梶山経済産業大臣の閣議後記者会見注7において、「非効率石炭の早期退出」という発言がなされている。このような世界的な動きも踏まえ、『世界のエネルギー展望2020』でも石炭は今後の需要減が想定されているのである。

脱炭素化に向けたシナリオの検討

 このような石炭火力の段階的廃止の流れは、『世界のエネルギー展望2020』でも取り扱われている脱炭素化の動きに、大きく影響している。同レポートでは、今後の脱炭素化の動きについて、図6に示すような想定をしている。

図6 各シナリオを踏まえた世界における脱炭素化に向けた動き

図6 各シナリオを踏まえた世界における脱炭素化に向けた動き

出所 World Energy Outlook 2020プレゼンテーション

 図6からわかるように「公表政策シナリオ」では、今後も現在と大きく変わらない量のCO2を排出することになる(例えば、2030年の排出量は36ギガトンと推定)。そのため、「持続可能な開発シナリオ」や「2050年実質ゼロシナリオ」を実現しようとすれば、産業から個人の生活まで、あらゆる観点から抜本的な見直しを行っていかなければならない。

 例えば「2050年実質ゼロシナリオ」の想定で脱炭素化を進めていくためには、2030年までにCO2排出量を約40%削減しなければならない。そのための具体的な取り組み例としては、世界における発電の約75%をCO2排出量が少ない電源に変えることや、50%以上の自動車を電動化することなどが紹介されている。

安全性と持続可能性の両立に欠かせない政府の役割

 COVID-19の先行きが見えない中、『世界のエネルギー展望2020』で示されたような積極的な取り組みを行っていくためには、同レポートでは各国政府の役割が重要である点にも触れている。

 政府が戦略的なビジョンを示し、イノベーションを推進し、消費者にインセンティブを与え、企業の行動を促進するような投資を行い、変化の影響を受ける人の生活を守るためのコミュニティを支援することで、安全で持続可能なエネルギーの未来が実現されるのである。

 ただし、政府だけの取り組みでカーボンニュートラルが達成されるわけではない。日本自動車工業会が12月17日に行ったオンライン記者会見では、会長の豊田章男氏が現在の「電動化=EV化、カーボンニュートラル達成」という議論が性急であるとして懸念を示した注8。会見では「自動車業界が現在やっているビジネスモデルが崩壊してしまうおそれがある」「自動車業界はそういうギリギリのところに立たされている」というように、政府による2050年カーボンニュートラルの動きに対して危機感を抱いている。

 2050年カーボンニュートラルという野心的な目標達成に向けて、短期と長期の両方のメリット・デメリットを見据え、さまざまなステークホルダー(利害関係者)の意見を取りまとめつつ進めるという難しい舵取りが、今後必要となってくる。

筆者Profile

新井 宏征(あらい ひろゆき)

株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役社長

 

SAPジャパン、情報通信総合研究所を経て、現在はシナリオプランニングの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。東京外国語大学大学院修了、Said Business School Oxford Scenarios Programme修了。
インプレスSmartGrid ニューズレター コントリビューティングエディター。

 


▼ 注7
梶山経済産業大臣の閣議後記者会見の概要(METI/経済産業省)

▼ 注8
自工会 豊田章男会長、カーボンニュートラルと電動化を語る「自動車産業はギリギリのところに立たされている」 - Car Watch

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