欧州主要5カ国の脱炭素戦略
〔1〕温室効果ガス排出量の実績と削減目標
ここまでは、EU全体の取り組みを紹介してきた。
次に、欧州の主要5カ国であるドイツ、スペイン、フランス、イタリア、英国注5の脱炭素戦略を中心に見ていこう。
図4は、欧州の主要5カ国の温室効果ガス排出量の実績と排出量削減目標を示したものである。
図4 温室効果ガス排出量の実績(1990~2018年)と削減目標(2030年)
出所 自然エネルギー財団、「脱炭素で先頭を走る欧州=2050年ゼロエミッションの戦略と技術」、メディア・セミナー資料、2020年12月15日
一番上に示す、黒線のドイツは、5カ国のうち最大のCO2排出国であり、まだかなり石炭火力を使用している(2019年で30%、後出の図5参照)。
図4を見ると、ドイツは、2030年までに1990年比でCO2排出量を55%も削減する目標を掲げている。これまで1990年から2018年の30年弱をかけて30%削減してきたところを、さらに今後10年で55%まで削減する目標である。このため、相当早いペースで削減しなくてならないほどの意欲的な目標となっている。
ドイツの次にCO2排出量の多い英国は、当初、2030年までに57%削減するという目標であったが、2020年12月4日に、2030年までに68%削減するという、ドイツと並んで大幅な削減目標を発表した。
このほか、フランスは40%削減、スペインは23%削減の目標を発表しているが、イタリアは2030年の削減目標は未設定となっている。
〔2〕石炭火力と原子力発電の撤廃と削減
欧州における電源構成のうち課題となっている、「CO2排出量の多い石炭火力発電」「環境負荷が大きい原子力発電」に関する主要5カ国の取り組み状況を整理すると、表5のようになる。
表5 石炭火力発電と原子力発電の撤廃/削減
出所 自然エネルギー財団、「脱炭素で先頭を走る欧州=2050年ゼロエミッションの戦略と技術」、メディア・セミナー資料、2020年12月15日
石炭火力発電については、2022年~2038年にわたって5カ国すべてがフェーズアウト(休廃止)が決定しており、2040年には石炭火力発電がゼロになる。
一方、原子力発電については、すでにイタリアが1990年にフェーズアウトしていることに続き、ドイツが2022年、スペインが2035年までにフェーズアウトする予定である。原子力発電の多いフランスにおいては、2035年までに発電量を2019年の70%(後出の図5)から50%までに引き下げる計画である。
「英国は原子力発電についての計画を発表していませんが、新設する原子力発電プロジェクトに関しては、主にコストおよび技術の面から難航しています。一方で、古くなってきた原子力発電所が増えてきていますので、このまま徐々に運転を停止し、自然に減少していくことが予測されます」(石田氏)
〔3〕欧州主要5カ国と日本の電源構成
次に、欧州の主要5カ国と日本の1990年~2019年の電源構成の推移を比較してみると、図5のようになっている。その主な特徴は、次の通りである。
- 自然エネルギーについては、ドイツが3%から40%へ、英国が2%から37%へと大幅に増大させていること。
- ドイツ、イタリア、スペイン、英国の自然エネルギーの導入はほぼ40%の水準であること。
- フランスは原子力が70%と依存度が高いこと、また自然エネルギーは13%から21%へと、ほぼ日本の11%から19%への電源構成と同等程度の低い導入水準であること。
図5 欧州の主要5カ国と日本の電源構成(1990年⇒2019年)
出所 自然エネルギー財団、「脱炭素で先頭を走る欧州=2050年ゼロエミッションの戦略と技術」、メディア・セミナー資料、2020年12月15日
〔4〕欧州主要5カ国と日本の電源別の発電コスト
一方、今後、自然エネルギーを普及させるうえで、発電コストの問題は重要なファクターであるため、図6に、欧州の主要5カ国と日本の電源別の発電コストを比較して示す。
図6 欧州の主要5カ国と日本の電源別の発電コスト(2020年上半期)〔新設の発電所のLCOE(発電量当たりのコスト:$/MWh)〕
LCOE:Levelized Cost Of Electricity、均等化発電原価。発電量あたりのコストのこと。
出所 自然エネルギー財団、「脱炭素で先頭を走る欧州=2050年ゼロエミッションの戦略と技術」、メディア・セミナー資料、2020年12月15日
欧州の5カ国では、陸上風力(水色)と太陽光(黄色)は、いずれも発電コスト($/MWh)が最も安くなっている。次いで、ガス火力(灰色)、石炭火力(黒色)となっているが、英国の場合、洋上風力(濃紺色、図6右下)がガス火力よりも安い水準となってきている点に注目できる。
「新しい発電設備に投資するとなると、脱炭素の側面からだけでなく、経済性(発電コスト)の観点からも、太陽光と風力が選択されています。ちなみに、図6に示すフランスと英国の2カ国の原子力(赤色)のコストは、他に比べて圧倒的に高いため、原子力は市場競争力を失ってきています」(石田氏)。
〔5〕欧州主要5カ国の太陽光・風力発電の導入量
欧州の主要5カ国の太陽光・風力発電の導入量(2019年実績、2030年目標)を見ると、表6のようになる。
表6 太陽光・風力発電の導入量(2019年実績と2030年目標)
※英国は太陽光と陸上風力発電の2030年の目標を未設定。
出所 自然エネルギー財団、「脱炭素で先頭を走る欧州=2050年ゼロエミッションの戦略と技術」、メディア・セミナー資料、2020年12月15日
ドイツの太陽光発電は、赤線枠で示されるように49GWから98GWと、今後10年で約2倍(9,800万kW)に拡大する計画である注6。
陸上風力発電については、スペインが26GWから約2倍の50GW、洋上風力発電については英国が10GWから4倍の40GWに増やす計画となっている。これによって、英国は国全体の電力消費量の約1/3を洋上風力発電で賄うことになる。
今後の展望:電化とグリーン水素が両輪
欧州の「2050年ゼロエミッション戦略」および「主要5カ国の脱炭素戦略」を見てみると、太陽光と風力発電が、「脱炭素の側面からだけでなく、経済性の側面(コストが安い)の両面から選択される」理由が明確になってきた。
さらに、自然エネルギー(再エネ)の主力電源化の主役が「太陽光」「陸上風力」「洋上風力」という3種類による発電方法であることも見えてきた。
石田氏は、EUの水素戦略(紙面の都合でここでは省略)についても触れ、「今後、電化(EVなど)とともに、自然エネルギーを使用してつくる「グリーン水素」(原子力を使用する場合は「グリーン水素」と呼ばない)を、産業分野や運輸分野に適用注7するなど、幅広いクリーンエネルギーを使用してCO2排出量を削減することが、EUの2050年に向けた長期戦略でもあるのです」と締めくくった。
▼ 注5
英国は2020年1月31日にEUから離脱しているので、ここではEUではなく欧州の目標値として入れている。
▼ 注6
98GW(9,800万kW)とは、例えば大型火力発電所(1基:100万kW級)の約100基分(98基分)に相当する太陽光発電の能力を示す。
▼ 注7
例えば、産業分野において、ルクセンブルクに本社があるアルセロールミタル社は、石炭ではなくグリーン水素を使って2023年から鉄鋼の生産を開始する。また運輸分野では、オランダに本社があるエアバス社は、グリーン水素を燃料として飛行距離1,000~2,000マイル超(約1,610~3,220km)のゼロエミッション航空機を、2035年までに商用化すると発表している。