[米国バイデン大統領主催の「気候サミット」をひも解く]

【中編】 米国の気候変動対策に関する2つの大統領令と中国の取り組み

2021/06/04
(金)
新井 宏征 株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役社長

バイデン大統領就任後の気候変動外交の経緯と中国

写真2 世界経済フォーラムのオンラインセッションでスピーチするジョン・ケリー気候変動担当大統領特使

写真2 世界経済フォーラムのオンラインセッションでスピーチするジョン・ケリー気候変動担当大統領特使

出所 Mobilizing Action on Climate Change Part 2 | DAVOS AGENDA 2021

〔1〕気候変動で主導的な立ち位置を重視

 3つの取り組みの1つ目の項目の中で、「気候変動に関する外国的関与を主導し」と明示されている通り、バイデン政権は世界における気候変動の取り組みにおいて主導的な立ち位置を確保し、維持することを重視している。

 その顕著な例が、バイデン大統領が正式に大統領に就任する前の2020年11月23日に行った、次期政権の外交・安全保障関連の要職人事案発表において、オバマ政権時代の国務長官であり、パリ協定の成立にも尽力したジョン・ケリー(John F. Kerry)氏を気候変動担当大統領特使に任命したこと注4である。

 ジョン・ケリー氏は、バイデン大統領が正式に就任した直後の1月27日に、世界経済フォーラムのオンラインセッションに参加している(写真2)。

〔2〕気候危機に対処する米中共同声明を発表

 世界経済フォーラムのスピーチの中でケリー氏は、バイデン大統領がパリ協定に復帰したことなどにも触れて、気候変動対策を積極的に進めていく必要性を訴えると同時に、中国の環境政策にも言及し、2060年までのカーボンニュートラル実現のための具体的な取り組みが不明である点などを指摘した。また、3月8日に訪欧した際にも、中国や日本などの排出量が多い国に対して積極的に気候変動対策を行うように求めるなど、一貫して中国の立ち位置を意識した発言をしている。

 その後、4月にはケリー氏が訪中し、中国の解振華(かいしんか、Xie Zhenhua)気候問題担当特使と会談している。4月17日には、その結果を踏まえた「気候危機に対処する米中共同声明(U.S.-China Joint Statement Addressing the Climate Crisis)」注5を発表した。

 声明の中では、英国のグラスゴーで2021年11月1〜12日に開催されるCOP26注6の成功を後押しするための協力をしていくとして、短期的にはカーボンニュートラルを目指すための長期戦略を策定することや、発展途上国がグリーンで低炭素なエネルギーに移行するための投資を進めることなどについて合意している。

 さらに、今後は、産業や電力の脱炭素化の取り組みや再生可能エネルギー(以下、再エネ)の導入拡大、気候変動に強い農業やエネルギー効率の高い建物、グリーンで低炭素な輸送などを推進していくことについて、引き続き協議していくことも確認している。

気候サミットで示された中国の気候変動対策

〔1〕中国は2060年までにカーボンニュートラルを実現

 米中会談を受け、4月22日には中国の習近平主席が気候サミットに参加し、演説を行った注7

 この中では、米国などのように具体的なCO2排出量の削減目標値には触れなかったものの、2030年までに炭素排出量をピークアウトすること(最大値から減少させること)の実現、2060年までにカーボンニュートラルの実現を目指すことに改めて触れた。同時に、ピークアウトに向けた行動計画を策定している点や、石炭燃料発電事業を厳しく抑制し、今後、徐々に減らしていくことを明言している。

 また中国が進めている「一帯一路」政策の一環として、グリーンインフラ、グリーンエネルギー、グリーン交通などの取り組みを行い、発展途上国の気候変動対応能力の向上を支援していることにも触れた。

〔2〕第14次五カ年計画でのCO2排出量削減目標

 気候サミットでは、CO2排出量の明確な削減目標を示さなかった中国だが、気候サミットの約1カ月前に北京で開催された第13回全国人民代表大会第4回会議では、第14次五カ年(2021〜2025年)計画および2035年長期目標が発表された。

 第14次五カ年計画では20項目の目標が示されたが、その中にはGDP当たりのエネルギー消費量を2021〜2025年の累計で13.5%低下させることや、GDP当たりの二酸化炭素(CO2)排出量を2021〜2025年の累計で18%低下させることなどを盛り込んでいる。

 中国は、今後、CO2排出量削減に積極的な取り組みを進めていくことがうかがえる。

2つの大国:中国の現状と米国との関係

〔1〕中国の再エネは世界第1位の925GW(2020年)へ

 ただし、中国はすでに積極的に環境関連の取り組みを行っている。その1つが再エネの積極的な導入である。

 2020年の世界における再エネ発電設備容量を見ると、中国は約925GW〔925,199.112

MW。これは大型火力発電(100万kW:1GW)925基分の出力に相当〕と、米国の311GW(311,332.500MW)の3倍以上の導入量となっている(図2)。

図2 2020年の世界における再生可能エネルギー発電設備容量※上位10カ国

図2 2020年の世界における再生可能エネルギー発電設備容量※上位10カ国

※ IRENA(International Renewable Energy Agency、国際再生可能エネルギー機関)Webサイトの統計によるもので、風力、太陽光、バイオ、地熱、水力、海洋、揚水発電が含まれている。
出所 https://www.irena.org/Statistics/View-Data-by-Topic/Capacity-and-Generation/Country-Rankings

〔2〕米国は「バイ・アメリカン(米国製品を買おう)」

 バイデン大統領は、上下両院合同会議での議会演説の中で風力タービンや電気自動車を例に挙げて、次のように述べた。

「考えてもみてください。風力発電機のブレードを北京ではなくピッツバーグでつくれない理由はないのです。理由はありません。まったくないのです。そんな理由は。(拍手)そうなんです、みなさん。アメリカの、アメリカの労働者が電気自動車やバッテリーの製造において世界をリードできない理由もないのです。そう、そんな理由はありません。私たちにはそれをできる能力があります。(拍手)私たちには、世界でもっとも聡明で、最高の訓練を受けた人がいるのです。」注8

 このように中国(北京)を引き合いに出したうえで、バイデン大統領が推進する「バイ・アメリカン(米国製品を買おう)」の原則を強調した。

 米国と中国という2つの大国は、政治や経済、技術といったあらゆる面で互いに牽制し合う関係である一方、世界における気候変動対策を推進するうえでは、重要な役割を担う国でもある。

 当面は、今年(2021年)11月に英国のグラスゴーで開催予定のCOP26に向けた各国内での取り組みに加え、両国間の取り組みを注視していく必要がある。

(後編に続く)

筆者Profile

新井 宏征(あらい ひろゆき)

株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役社長

SAPジャパン、情報通信総合研究所を経て、現在はシナリオプランニングの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。東京外国語大学大学院修了、Said Business School Oxford Scenarios Programme修了。
インプレスSmartGrid ニューズレター コントリビューティングエディター。


▼ 注4
「バイデン氏、米次期政権の外交・安保の要職人事案を発表」(以下)を参照。

▼ 注5
https://www.state.gov/u-s-china-joint-statement-addressing-the-climate-crisis/ 参照。

▼ 注6
COP26:26th UN Climate Change Conference of the Parties、国連気候変動枠組条約第26回締約国会議

▼ 注7
演説の日本語訳は「習近平主席のリーダーズ気候サミットでの演説全文」で確認できる。

▼ 注8
Remarks by President Biden in Address to a Joint Session of Congress | The White Houseの下記の部分を著者翻訳。
“Look, but think about it: There is simply no reason why the blades for wind turbines can’t be built in Pittsburgh instead of Beijing. No reason. None. No reason. (Applause.)
So, folks, there’s no reason why American ? American workers can’t lead the world in the production of electric vehicles and batteries. I mean, there is no reason. We have this capacity. (Applause.) We have the brightest, best-trained people in the world.”

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