IEAのネットゼロ排出(NZE:Net Zero Emissions)シナリオの結果
〔1〕ネットゼロ排出シナリオの想定
『Net Zero by 2050』は、予測ではなく、さまざまな想定に基づいたシナリオとなっている点が重要なポイントである。そこで、図3では、2050年ネットゼロ排出シナリオについて、次の2つの想定をもとに解説する。
- 図3(1)に示すネットゼロ達成年では、世界全体で2050年にネットゼロ排出を実現することを前提としているが、先進国は開発途上国より少し早い2045年にネットゼロ排出を達成すると想定している。
- 図3(2)に示す社会経済シナリオでは、2050年の世界の人口は97億人程度となり、GDPは年率3%で成長し続けると想定。この結果、コロナウィルス感染症(COVID-19)からの急激な回復を前提とし、2050年には2020年の2倍以上のGDPになるという堅調な成長を想定している。
図3 IEAのネットゼロ排出(NZE)シナリオの想定
〔2〕2050年のエネルギー需要の構造
図4は、図3で示した想定から出てくる結果としてのエネルギー需給構造のうち、需要サイドのセクター(部門)別の最終エネルギー消費動向を示している。
図4 IEAネットゼロシナリオの主な結果:2050年のエネルギー需給構造(セクター別の最終エネルギー消費)
EJ:エクサジュール(exa joule、エネルギーの単位)。エクサは10の18乗
CCUS:Carbon Capture, Utilization and Storage、CO2回収・利用・貯留
在来型バイオエネルギー:家庭などにある暖炉など小規模設備の燃料に使われるエネルギー
新型バイオエネルギー:産業用のボイラーやガスタービンなど近代的な設備で使用される商業エネルギー
※1 「他の再エネ」は「主に地熱の熱利用」を指す。
※2 電気とそれ以外(燃料利用と熱利用)を表す。ここでの電気は、「再エネ電力だけでなく火力発電(CCUS無し、CCUS付きの両方)や原子力発電」も含まれている。IEA『Net Zero by 2050』では、最終エネルギー消費は、「電気、液体燃料、気体燃料、固体燃料、熱」の5つに区分している。
[出典]https://iea.blob.core.windows.net/assets/beceb956-0dcf-4d73-89fe-1310e3046d68/NetZeroby2050-ARoadmapfortheGlobalEnergySector_CORR.pdf
出所 田村 堅太郎、有野 洋輔、「IEA(国際エネルギー機関)による2050年ネットゼロに向けたロードマップの解説」、IGES気候変動トラック第6回(2021年7月8日)をもとに加筆修正して作成
具体的には、①産業(工場等)、②運輸、③建物(家庭、業務)において、省エネ、電化、再エネ、水素、水素ベースの合成燃料、さらにバイオエネルギー、CCUSなどが広く採用されている。
需要サイドの最終エネルギー消費で注目されるのは、図4の赤線で囲んだ枠部分である。この赤枠内の水色は、「電気(電化)」を意味している。例えば、「産業部門では、ロボットなどが導入され電化が進む」という姿である。また運輸部門でも、同様に、EV(電気自動車)などの電動車の普及や、電気バイクが普及する。さらに建物についても、ヒートポンプの利用などが拡大する。
このような需要サイドの動向を反映して、図には示していないが、化石燃料の比率は、2020年の80%から2050年には20%に低下する。一方、再エネ電力は60%に達し、再エネと原子力が、化石燃料にとって代わるようになる。
〔3〕2050年の発電電力の構成
以上のようなエネルギー需給の構造のもとで、2050年の発電電力の構成はどうなるのだろうか。
図5に、2020年〜2050年の発電電力の構成を示す。
図5 IEAネットゼロシナリオの主な結果:2050年の発電電力の構成(2020〜2050年)
TWh:一定時間における発電量を示す単位。1TW=1,000GW
APC:Announced Pledges Case、発表誓約ケース。すべての国のネットゼロ排出誓約が期限内に実現されることを前提としたシナリオ
IGCC:IGCC:Integrated Coal Gasification Combined Cycle、石炭ガス化複合発電
[出典]https://iea.blob.core.windows.net/assets/beceb956-0dcf-4d73-89fe-1310e3046d68/NetZeroby2050-ARoadmapfortheGlobalEnergySector_CORR.pdf
出所 田村 堅太郎、有野 洋輔、「IEA(国際エネルギー機関)による2050年ネットゼロに向けたロードマップの解説」、IGES気候変動トラック第6回(2021年7月8日)をもとに加筆修正して作成
図5左図の赤枠に示すように、再エネ化率に劇的な変化が生じ、2050年には90%にも達する。そのうち、太陽光発電と風力発電の合計が約70%を占める。残り10%は、原子力と水素ベースの燃料およびCCUS付化石燃料である。
また図5右図は、図5左図の2050年の最上位に示す青色枠部分の、石炭火力発電電力量のグラフをに抜き出したものである。
図5右図に見られる2020年前後では、大量の石炭火力発電が行われている。しかし、2050年になると、石炭火力発電の比率はわずかであるが、CCUS(低炭素化技術)付き石炭火力発電設備、またはアンモニア発電設備に転換されて利用されると想定している。この点については、IEAのシナリオと、現在、日本が進めているCCUSやアンモニア混焼などとは若干温度差がある。
さらに、図5左図では、CCUS無しの石炭火力に加えて、CCUS無し天然ガス火力についても、2030年の直前にピークを迎え、2040年頃にはほぼゼロに近づいていくという急激な削減シナリオが描かれている。この点についても、現在、日本がアジアを中心にLNG拠点の開発を進めている立場とも温度差がある。
〔4〕ネットゼロ排出シナリオ:発電コスト
次に、ネットゼロ排出シナリオを、発電コストの面から見てみよう。
表1は、『Net Zero by 2050』のアネックス(付属)資料から、「発電」や「蓄電池」、「水素製造」などに関する、想定される技術コストを比較したものである。
表1 IEAネットゼロシナリオの主な結果:IEAネットゼロ排出シナリオのコストの想定
[出典]https://iea.blob.core.windows.net/assets/beceb956-0dcf-4d73-89fe-1310e3046d68/NetZeroby2050-ARoadmapfortheGlobalEnergySector_CORR.pdfの201ページのTable B.1の一番右の列「LCOE($MWh)」を掲載。この際、単位を$/MWhから$/kWhに直しているため、コストの単位が3桁異なる。さらに、Table B.1では、US, EU, China, Indiaの数値が出ているので、この4カ国(EUは地域)の下限値と上限値の幅で掲載した。
出所 田村 堅太郎、有野 洋輔、「IEA(国際エネルギー機関)による2050年ネットゼロに向けたロードマップの解説」、IGES気候変動トラック第6回、2021年7月8日
表1の左側には、発電(原子力、太陽光、陸上風力、洋上風力)、蓄電池(車載用バッテリー)、水素製造注8(低温水電解装置、ガス改質設備注9・CCUS付)の技術の具体例が示されている。
表1の薄緑色の矢印と橙色の矢印に注目して、コストの傾向を見てみると、
- コストが大きく低減するのは、太陽光、洋上風力、車載用バッテリー、低温水電解装置
- コストがあまり低減しないのは、原子力、陸上風力(もともと陸上風力は安い)、ガス改質設備・CCUS付
などとなっている。なお、表1の右端の日本の目標は、参考値として掲載(1ドル=110円で換算してドル表示)している。
▼ 注7
エネルギー安全保障:Energy Security。企業活動や国民生活に向けて、環境への影響を配慮したエネルギーを、適切価格で安定的に確保して提供すること。
▼ 注8
製造される各種水素には、「グレー水素」「ブルー水素」「イエロー水素」「グリーン水素」などがある。この中でもグリーン水素は、再エネと電気分解装置(電解装置)を用いて製造されるCO2排出ゼロの水素であるため、2050年ネットゼロを実現するうえで最も注目されている水素である。
▼ 注9
ガス改質設備:天然ガスなど、炭素と水素が化合してできた燃料を化学反応させて、水素を取り出すことを改質といい、その設備を改質設備という。