ネットゼロ排出に向けた技術イノベーション
〔1〕2050年までの技術別の累積CO2排出削減量
図6は、IEAのネットゼロ排出シナリオを実現する技術的イノベーションの示唆を示したものである。
図6 IEAネットゼロシナリオの主な結果:IEAネットゼロ排出シナリオの技術的イノベーションへの示唆
CCS:Carbon dioxide Capture and Storage、二酸化炭素(CO2)回収・貯留」技術。発電所や化学工場などから排出されたCO2を、ほかの気体から分離して集め、地中深くに貯留・圧入する技術
CCUS:Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage、分離・貯留したCO2を利用する技術
DACCS:DAC(Direct Air Capture、直接空気回収)とCCS(Carbon dioxide Capture and Storage、二酸化炭素回収・貯留)の合成語。大気中のCO2を除去し、CO2を減少させる技術
FT:ドイツのフィッシャー(Fischer)とトロプシュ(Tropsch)が開発した技術。一酸化炭素と水素から液状の炭化水素を合成する方法。FT合成法ともいわれる。
Bio FT:FT合成によるバイオジェット燃料
出所 田村 堅太郎、有野 洋輔、「IEA(国際エネルギー機関)による2050年ネットゼロに向けたロードマップの解説」、IGES気候変動トラック第6回(2021年7月8日)をもとに加筆修正して作成
図6では、2050年までの電化、CCUS、水素ベースの燃料、バイオエネルギーの技術別累積CO2排出削減量を、3種類で色分けしている。
- 緑色は市場ですでに導入済みの技術
- 黄色は実証試験中の技術
- 橙色は開発段階の技術
ここでのポイントは、すでに市場で導入済みの緑色の太陽光発電、風力発電、電動車などが果たす役割が非常に大きいことである。次に果たす役割が大きいのが実証中の技術(黄色)で、電動トラック、CCUS付の火力発電、セメント部門へのCCUSの導入、トラックの水素燃料などとなっている。
橙色の、船舶の水素燃料、水素還元製鉄、空気中のCO2を除去するDACCS注10、BECCS注11などのネガティブエミッション(CO2回収・除去)といわれる新技術はたくさん登場するが、まだ技術開発段階で、電化に比べて成熟度は低く、コストも高い。
〔2〕重要な地道な技術的イノベーション
図6に示される緑色の市場で導入済みの技術が、最も累積CO2排出削減量が大きいことがわかるが、2050年時点で見ると、今後、黄色と橙色で示された技術も寄与するようになる。そのため、再エネ・省エネ技術の最大限の導入だけでなく、地道な技術的イノベーションが重要となってくる。
『Net Zero by 2050』が示すネットゼロ排出へのロードマップ
〔1〕5つのセクター別のロードマップ
図7は、『Net Zero by 2050』における2050年ネットゼロの目標達成に向けたロードマップである。同時に世界のセクター別(部門別)の政策やインフラ、技術開発に関する各マイルストーン(節目となるポイント)を時系列的に示している。
図7 IEAネットゼロシナリオの主な結果:2050年ネットゼロに向けたセクター別ロードマップ
出所 田村 堅太郎、有野 洋輔「「IEA(国際エネルギー機関)による2050年ネットゼロに向けたロードマップの解説」、IGES気候変動トラック第6回、2021年7月8日
図7は、上から順に、次の5つのセクター別のロードマップを示している。
- 建物セクター(緑色)
- 運輸セクター(橙色)
- 産業セクター(黄色)
- 電力・熱セクター(青色)
- その他のセクター(灰色)
〔2〕各セクターのロードマップの特徴
ここで、(1)〜(4)の各セクターのロードマップを見てみよう。
【1】建物セクター(緑色):2035年のあたりでは大半がトップランナーレベル(省エネ効果が優れた設備)で、2040年では50%の既築建物がゼロ炭素仕様〔ZEH(ゼッチ)、ZEB(ゼブ)〕となる。2050年には、建物の85%以上がゼロ炭素仕様となる。
【2】運輸セクター(橙色):2035年に、内燃機関(エンジン)自動車について新規販売が終了する。すなわち、ガソリン車やディーゼルエンジン車などの乗用車は販売終了となる。さらに大型トラック販売は、50%が電動車に移行され、2040年には航空燃料の50%を炭素低排出化ということで、バイオ燃料なども使用されるようになる。
【3】産業セクター(黄色):2030年には、重工業の新規クリーン技術の大規模実証が行われる。2035年には、すべての産業用電動モーター販売がトップランナーになる。2040年には、重工業の既存設備容量の90%が投資サイクルを終了する。最後の2050年には、重工業生産の90%以上が炭素低排出化され、水素なども利用される。
【4】電力・熱セクター(青色):2021年には、CCUS対策の取られていない新規石炭火力設備の建設が停止される。2030年の先進国でのCCUS対策のない石炭火力設備は段階的に廃止され、2035年には先進国のすべての電気がネットゼロ排出になり、2040年には(途上国も含めて)世界のすべの電気がネットゼロ排出になる。途上国の人々、また最も貧しい国に住む人々の生活も含め、世界的に見てネットゼロ排出になる。そして2050年には、世界の約70%の電気が太陽光発電や風力発電で賄われる。
図7を見ると、世界の大きな方向性としては、青色で示されている電力・熱セクターをまず脱炭素化、ネットゼロ化する。その土台の上に家庭部門や産業セクターの電化、運輸セクターの電化が進展する。
以上、2050年ネットゼロ排出に向けて、数多くのマイルストーンがあるが、どれか1つでも遅れると、『Net Zero by 2050』のロードマップで想定されたネットゼロ排出の実現が困難になることも予測される。
▼ 注10
DACCS:Direct Air Capture with Carbon Storage。大気中にすでに存在するCO2を直接回収して貯留する技術。
▼ 注11
BECCS:Bioenergy with Carbon dioxide Capture and Storage。バイオマス燃料の使用時に排出されたCO2を回収して地中に貯留する技術。