[ZEV開発の国際潮流と日本の現況]

ZEV開発の国際潮流と日本の現況 ≪前編≫

― ZEV化に向かう世界の自動車産業の現状 ―
2022/06/12
(日)
インプレスSmartGridニューズレター編集部

各国で進む法規制・法整備

〔1〕温室効果ガス削減に向けて、欧州では「Fit for 55 package」

 一方、法規制の面から、近年、特に環境に関する規制が各国で増えている(表2)。この中で注目すべき法規制として、和田氏は「欧州Fit for 55 package 包括案」を挙げる。

表2 押し寄せる環境規制の波

表2 押し寄せる環境規制の波

LCA:Life Cycle Assessment、製品のライフサイクルを通じた環境負荷の評価
Fit for 55 packageは本文および図5を参照
NEV規制:自動車メーカーに対して一定割合のNEV(New Energy Vehicle)販売を義務づける規制
WP29:国連自動車基準調和世界フォーラム、2018年スイス・ジュネーブで開催
出所 「ゼロエミッション車に向かう世界の中の日本」メディア・ブリーフィング(2022年5月9日)、和田 憲一郎氏資料を基に編集部で作成

この包括案は、欧州委員会注3が2021年7月に発表したもので、2030年までに温室効果ガスを少なくとも55%削減(1990年比)を達成するための総合的な政策パッケージである。

 このパッケージには、①EU排出量取引制度、②加盟国の排出削減の分担に関する規則、③炭素国境調整メカニズムなど、多岐にわたる規則や指令が盛り込まれ、4,000ページを超える膨大な法案となっている(図5)。その中に、乗用車や小型商用車のCO2排出基準も挙げられているが、日本ではここがクローズアップされ、この法案はガソリン車やディーゼル車を廃止するもの、という理解が広まっている。

図5 Fit for 55 packageの主な内容と、欧州による環境規制と産業振興のダブル戦略

図5 Fit for 55 packageの主な内容と、欧州による環境規制と産業振興のダブル戦略

出所 「ゼロエミッション車に向かう世界の中の日本」メディア・ブリーフィング(2022年5月9日)、和田 憲一郎氏、「日本に於ける環境対応車の現状と将来」(株式会社日本電動化研究所)より

 しかし和田氏は、この法案に欧州の戦略を次のように見て取っている。

「環境規制だけでなく産業振興も推進したい、というダブル戦略だと私は見ています。欧州各国では、環境に配慮し規制に積極的だと多くの人が感じているでしょうが、それは一面でしかなく、欧州は米国や中国、日本といった競合の国々に対して、この分野で先駆者となり利得を得るという戦略もあわせてもっている、と私は思っています。」

 また和田氏は、金融面からもZEV化が促進されている点も指摘している。2021年のCOP26注4で約450社以上の金融機関が集まって「グラスゴー金融同盟」注5が設置された。これは、ZEVである「BEVとFCEV(燃料電池自動車)」に対して集中的に投資することを主な目的としたもので、裏返せばガソリンなど内燃機関車への新規投資の停止を宣告するものだ。

〔2〕行政と企業が一体となった米国のスピーディな法整備体制

 ZEV関連ではないが、海外における法整備のトピックとして、和田氏は米国の運輸省道路交通安全局(NHTSA)注6が2022年3月30日に交付した、新たな連邦自動車安全基準(FMVSS)注7を挙げる。自動運転システム(ADS)注8搭載車に関する最終規則で、これにより、運転席にハンドルのないADS車の市販が可能になった。

「最終規則発布までのスピード感には、本当に驚きました。2年前に出されたドラフト(草案)の意見をもとに、今年(2022年)3月初旬にさらなるドラフトが出て、それから1か月も経たないうちに最終案が官報に記載されたのです」と、和田氏は新技術に対応した米国の法整備のテンポの速さを挙げる。

 この安全基準の有効発行日は同年9月26日。つまり、この基準に則ったステアリングのない自動運転車が早ければ今年(2022年)10月にも、NHTSAの正式認可を経て市販可能となる。ちなみに、BEV世界最大メーカーのテスラでは2022年4月22日、ステアリングもペダルもない自動車を2024年までに発売すると発表しているが、そこにはこの法整備が大きく影響している、と和田氏は考えている。

 なぜ、米国ではこのようなスピーディな法整備が可能になったのか。そこには自動車メーカーにおける活発な自動運転車の開発実態がある、と和田氏は指摘する。図6は、2021年、米国カリフォルニア州における自動運転車(運転者乗車)のテスト走行距離である。最も多いWaymo(ウェイモ)注9で約370万km、ついでCruise(クルーズ)注10の140万km。またAutoX(オートX)注11といった中国系メーカーも多く見られる。

図6 米国カリフォルニア州における運転者が乗車の自動運転車試験結果(2021年)

図6 米国カリフォルニア州における運転者が乗車の自動運転車試験結果(2021年)

出所 「ゼロエミッション車に向かう世界の中の日本」メディア・ブリーフィング(2022年5月9日)、和田 憲一郎氏、「日本に於ける環境対応車の現状と将来」(株式会社日本電動化研究所)より

 一方、日本メーカーではトヨタの約1万4,000kmという走行距離が最大で、これはクルーズの100分の1という状況だ。さらに米国カリフォルニア州では、運転者非同乗の自動運転車によるテスト走行も進められている。

「こうして自動運転車の開発が着々と進み、データも集まっている。NHTSAもそんな状況を、関心をもって見ていますが、これは法制化が加速した結果だと思います」と、和田氏は技術革新を進め市場開拓を目指す企業と、それを法整備の面から支える行政との関係性に言及した。

 その一方で、同氏は危機感も募らせる。「ここに、日本メーカーの存在感がほとんどなく、非常に厳しい状況と言わざるを得ません。」

*    *    *

 前編では、自動車産業の現状と、ZEV化に向かっている状況やその背景についてまとめた。後編(7月号)では、こうした世界情勢の中で、日本の自動車産業が抱えるリスクや、今後の展望についてレポートする。


▼ 注3
欧州委員会:EC、European Commission。欧州連合(EU:European Union)の政策執行機関。

▼ 注4
COP26:気候変動枠組条約第26回締約国会議、英国・グラスゴーで2021年10月31日〜11月13日に開催された。

▼ 注5
「グラスゴー金融同盟」参考サイト

▼ 注6
米国の運輸省道路交通安全局(NHTSA):National Highway Traffic Safety Administration、自動車や運転者の安全を監視する米国運輸省の部局。

▼ 注7
連邦自動車安全基準(FMVSS):Federal Motor Vehicle Safety Standards、米国連邦法である「国家交通並びに車両安全法」に定められている安全基準。

▼ 注8
自動運転システム(ADS):Automated Driving Systems、米国自動車技術会(SAE:Society of Automotive Engineers)が示した6段階の自動運転レベルが国際的な標準とされている。

▼ 注9
Waymo(ウェイモ):Googleを傘下にもつ、米国Alphabetの自動運転車開発企業。

▼ 注10
Cruise(クルーズ):米国ゼネラルモーターズの自動運転車開発部門。

▼ 注11
AutoX(オートX):香港・米国を拠点とする自動運転車開発企業。中国のEC大手、アリババ社も出資している。

関連記事
新刊情報
5G NR(新無線方式)と5Gコアを徹底解説! 本書は2018年9月に出版された『5G教科書』の続編です。5G NR(新無線方式)や5GC(コア・ネットワーク)などの5G技術とネットワークの進化、5...
攻撃者視点によるハッキング体験! 本書は、IoT機器の開発者や品質保証の担当者が、攻撃者の視点に立ってセキュリティ検証を実践するための手法を、事例とともに詳細に解説したものです。実際のサンプル機器に...
本書は、ブロックチェーン技術の電力・エネルギー分野での応用に焦点を当て、その基本的な概念から、世界と日本の応用事例(実証も含む)、法規制や標準化、ビジネスモデルまで、他書では解説されていないアプリケー...