[創刊10周年記念:座談会]

電力・エネルギー危機で、持続可能なエネルギーをどう選択・構築していくか!【後編】

― 脱炭素への短期/中期/長期的なエネルギー政策の行方 ―
2022/11/13
(日)
インプレスSmartGridニューズレター編集部
【第5部】

水素エネルギーの新しい活用(P2G)とバイオマス発電

― 活発化する山梨県・島根県など自治体の取り組み ―

水素によるP2Gビジネスの展開、活発化するバイオマス発電

〔1〕山梨県の余剰電力による水素ガスの活用(P2G)

齋藤:はい。先ほど、浅野さんのお話にあった「余剰電力で水素ガスを作る(P2G)」ことに、私は注目しています。

 現在、当社では、群馬県上野村で2021年から地域マイクログリッドの構築事業を展開していますが、この群馬県の隣県の山梨県で、太陽光(再エネ)を利用して作成した水素ガスを、リアルタイムに消費する「やまなしモデル」の事業を推進していますのでご紹介します。

 この「やまなしモデル」は、山梨県と大成建設が共同で2022年8月1日に発表注9しましたが、図5に示す「P2G注10システムによる脱炭素グランドマスター工場のモデル化事業」がまさにそのプロジェクトです。

図5 P2Gシステムによる脱炭素グランドマスター工場のモデル化事業

図5 P2Gシステムによる脱炭素グランドマスター工場のモデル化事業

YHC:Yamanashi Hydrogen Company、やまなしハイドロジェンカンパニー。山梨県と東レ、東京電力ホールディングスが設立(2022年2月28日)した、日本初のPower to Gasの専業企業 出所 山梨県・大成建設株式会社、「P2Gシステムによる建設部材工場の脱炭素化等に係る基本合意書の締結について」、令和4(2022)年8月1日

 地域で脱炭素化を推進している周辺の工場(模擬的な工場、図5の熱利用工場)で発電された太陽光(屋根のPV)による再エネの余剰電気を、図5右に示すP2G設備(500kWワンパックモデル)で水素に変えて、その水素をリアルタイムで熱源に変えて消費するモデルです。

 水素ガスは、貯めた瞬間に貯蔵プロセスにおける各種のロスによって、実質的な水素生成量が目減りし、事業効率に影響する、とよくいわれていますので、できるだけ貯めずに、水素を作ったらその場で使ってしまうというのがこのモデルの特徴になっています。

 この「やまなしモデル」は、すでに、UCC(上島珈琲)注11で採用されているモデルで、缶コーヒーを焙煎するために必要な高熱の熱源を、水素を使って焙煎する(再エネの余剰ができそうなときに、その余剰電力で水素をつくり利用する)という、再エネを上手に利用しています。山梨県の事業はその第2弾となっています。これらはNEDOの助成を受けて、実施されています。

〔2〕水素ガスの多様な活用:脱炭素+BCP化の展開

茂手木:当社でも、水素をどのように建物へ展開していくのかについて、取り組んでいます。

 水素自体は、図6に示すように、以前は、ガスパイプラインで需要家までに供給する構想などもありました。しかし、現在では、図6に示すようにパイプラインで引くのではなく、ガスを積んだ船が到着する港湾部において、水素で発電して電気にする、あるいはメタネーション注12して、既存のガス配管で供給することが現実的と考えられています。また、水素ステーションのように、水素自体が必要な施設では、液化水素や高圧水素という形で、車両で運搬されます。

図6 建物における水素活用〔水素社会と建物利活用での形態(予想)〕

図6 建物における水素活用〔水素社会と建物利活用での形態(予想)〕

出所 茂手木、「インプレスSmartGridニューズレター座談会」、2022年8月3日

 こうした状況を踏まえ、建物での水素利用モデルとしては、水素ステーションや水素フォークリフト・水素トラックへの水素充填を行う、物流施設などの水素利用施設から隣接建物へパイプラインで水素を融通することや、水素利用施設と一緒に高圧水素を運搬してもらうことなど、を想定しています。その上で、建物側では災害による停電時や電気料金の高騰時などに、水素を燃料電池に供給して発電するなどの利用方法が考えられます。

〔3〕関心が高まる小型バイオマス発電への期待

(1)「電気と熱の供給」を同時に行うコジェネ方式

江﨑:岡村さんは、バイオマス発電について積極的に取り組まれていると思いますが、最近の動向についてはいかがでしょうか?

岡村:はい。最近、日本でも、電気エネルギーとともに、熱エネルギーの活用が注目されるようになってきました。現在、欧州のオーストリア関係の仕事をお手伝いしていますが、オーストリアでは、電気もガスも、場合によっては木(例:バイオマスに使う木製チップ)などのエネルギー関係の単位は、法律ですべて「ジュール」(熱量の単位)注13に換算して管理しています。日本でも、「熱量」を基本とするエネルギーの考え方を導入してはどうかと考えています。

 このような背景から、欧州では、広くコジェネレーション(CGS:Co-Generation System、熱電併給システム、略称:コジェネ)が普及していますが、その理由の1つは、欧州では生活に熱(温水)を使うインフラが整っており、各家庭に熱供給(温水を供給する)を基本とし、その副産物として電気をつくる仕組みになっているからです。しかし、日本では電気の供給が主で、熱の供給(温水の供給)が従、すなわち欧州と日本では主・従が逆の関係になっているのです。

 最近、日本でも小型バイオマス発電への関心が高まっています。私が関係している小型バイオマス発電は、フィンランドVolter(ボルター)社製のもの(Voltar 40:超小型木質バイオマス熱電併給設備、木質とは木材チップを燃料とすること)ですが、電気出力とともに熱供給も行うコジェネ型のバイオマス発電です。

(2)12台のバイオマス発電が稼働開始へ

岡村:日本ではVolter(ボルター)社の木質バイオマス発電機はすでに40台近く導入されていますが、最近(2022年8月)、島根県津和野町で稼働を開始した木質バイオマス発電所は注目できると思います(図7)注14。津和野町が木質バイオマス発電を導入した理由は、原料となる木材の供給が町内の森林の更新につながり、それが森林の成長を促し、CO2吸収機能の強化につながるというメリットがあったからです。

図7 島根県津和野町で稼働開始したバイオマス発電所の外観(左)と12台のVolter 40

図7 島根県津和野町で稼働開始したバイオマス発電所の外観(左)と12台のVolter 40

出所 津和野フォレストエナジー(島根県津和野町)の発電所紹介

 津和野町のバイオマス発電所には、12台ものVolterの発電機が設置され、その出力規模は、電気出力480kW、熱供給1,200kWのコジェネとなっています。

 想定される年間発電量は、約374万kWhですが、これは一般家庭約1,000世帯分の年間使用電力量に相当する発電量となっています(現在は、発電したバイオマス電気は中国電力へ売電している)。

 また、Volter 40の重量は1台4.5トンと小型のバイオマス発電機なので、ヘリコプターやトラックなどで運べるような設計になっています。このため、災害などの緊急時には簡易に輸送できる発電所ということもあって、レジリエンスの面からも関心を集めています。

 燃料となるバイオマス木材チップの課題は、次のような点です。

  1. ガソリン供給にあるような、原油備蓄、製油所、油層所、ガソリンスタンドなどと同様の流通ルートが確立されていないこと
  2. チップの取引は重量が基本あること:含水率の低いチップは高品質だが、品質の低い含水率の高いチップが高く売れるという矛盾が起きていること
  3. 現状は、木こりから、森林市場、チップ切削企業などが、細かく分断されていてチップの移動トレースや品質管理が難しいこと

 津和野町は、すでに「ゼロカーボンシティ宣言」を行い、津和野町再エネ導入戦略を発表し、今後の再エネの導入については、太陽光発電や中小の水力発電とともに、木質バイオマス発電を推進して行く方針としています。

江﨑:本日は、本当に幅の広い、しかし本質的で実践的な観点から、日本の電力・エネルギーシステムにおけるこれまでの課題や、今後の課題を整理していただきありがとうございました。

 コロナ禍が一気に加速させた「2050年に向けたカーボンニュートラル」の課題、さらにロシアのウクライナ侵攻がもたらしたエネルギーに関する経済安全保障の問題、再エネの増加と地球温暖化に伴って求められるエネルギーシステムのレジリエンスの向上はまったなしの状況、などに関して多様なご発言やご提言をいただきました。

 本日は、このような総合的で、しかも各分野の専門家のみなさんの経験と知恵を集結させた、新しい取り組みや施策を、早急に実現しなければならいのではないか、ということを再認識するエキサイティングな時間でした。

 世界そして次世代のための責任を果たすため、読者の皆さんとともに、電力・エネルギーシステムのグリーン化・スマート化を進めていきましょう。(終わり)

座談会で見えてきたこと (SmartGridニューズレター編集部)
― 2050年カーボンニュートラル実現のためのエネルギートランジション ―

 2022年8月3日、アルカディア市ヶ谷 私学会館(東京都千代田区)で行われた、弊誌編集委員会の13名全員による座談会は、2時間余にわたって白熱した論議が重ねられた。進行役の司会(座長)から「今の発言はオフレコ!」と制止を受けるや、「座長発言こそオフレコ」(爆笑)と切り返されるなど、熱のこもった発言が数々飛び出した。

 今回の座談会の内容は、日本の電力・エネルギー危機が直面している課題とその解決に向けて、歴史的な教訓も交えて多角的な視点から語られ、実りの多い座談会であった。

 例えば、ビジネス現場からは、ERABビジネスの最前線で「標準仕様か」と「個別仕様か」という厳しいジレンマが発生していることも、浮き彫りなった。

 一方、研究現場からは、2050年カーボンニュートラルの実現に向けた電源構成に関する「7つのシナリオ」の発表があり、ようやく、2050年に向けたロードマップが可視化された。このシナリオを起点に、2050年からバックキャストしてみると、現在、話題となっているDAC技術(大気中のCO2を直接回収する技術)や長期脱炭素電源オークション制度などが、なぜ今注目されているのか、理解を深めることができた。

 間もなく、エジプトのシャルム・エル・シェイク(Sharm el-Sheikh Egypt)で、2022年11月6日〜18日に開催される「COP27」(第27回国連気候変動会議)で、脱炭素に関する新しい方針の発表が予想されるが、それらの方針にも、現状の「需給ひっ迫」にも、効果的な電力・エネルギーシステムが構築されることに期待したい。


▼ 注9
山梨県・大成建設株式会社「P2Gシステムによる建設部材工場の脱炭素化等に係る基本合意書の締結について」、令和4(2022)年8月1日

▼ 注10
P2G:Power to Gas、再エネ電力で水素ガスを製造するシステム。

▼ 注11
山梨県・東京電力エナジーパートナー・巴商会・UCC上島珈琲・東レ〔「水素を熱源とした脱炭素エネルギーネットワーク「やまなしモデル」技術開発事業の開始について」〕、ニュースリリース2022年3月2日

▼ 注12
メタネーション:Methanation。水素(H2)とCO2から都市ガス原料の主成分であるメタン(CH4)を合成する技術。これによって、「CO2フリーの水素」と「発電所などから排出されるCO2」を原料として合成されたメタンは、メタン合成時に発電所などから排出されるCO2を回収するため、利用時にはCO2排出量が回収量で相殺される(合成メタンは、「カーボンニュートラルメタン」とも呼ばれる)。

▼ 注13
ジュールに換算する重要性:エネルギーには、kWhやカロリー、ジュールなどの様々な単位がある。オーストリアでは、農林水産省と環境省を合わせたような農林環境省が再エネを統括しているが、国としてエネルギーの物差し単位を1つに合わせることで、例えば、ガソリンと水素、太陽光と木質バイオマスなどを同じ視点で扱えるような工夫をしている。

▼ 注14
津和野町「津和野町原木・チップヤード施設並びに木質バイオマスガス化発電施設お披露目式」〔令和4(2022)年9月7日〕

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