[特集]

対談:デジタル放送を語る(3):ワンセグからIPマルチキャスト放送まで

2006/10/16
(月)
SmartGridニューズレター編集部

活発化するIPマルチキャスト放送(IP放送)とその課題

—最近、ITU-TでIPTV(Internet Protocol TV)の標準化が始まったり、あるいは家電メーカーなどからはネットTVという用語が登場したり、IP放送についての動きが非常に活発化してきていますが?

羽鳥 IPマルチキャスト放送(IP放送、IPTV)は、NTT、KDDI、ソフトバンクなどの通信事業者の光ファイバなどのブロードバンドIPアクセス回線を用いて、動画情報を送信者に送ることができるサービスで、CATVとほぼ同等のサービスを提供できますね。

このことから、情報通信審議会の「地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けて行政の果たすべき役割」第2次中間答申〔平成17年(2005年)7月29日〕において、2011年までにデジタル放送への移行を完了するための難視聴地域における伝送路として、CATVに加えてIPマルチキャスト技術による地上デジタル放送の再送信が有効手段として挙げられ、注目されています。

また、本年(2006年)2月に公表された、知的財産戦略本部のコンテンツ専門調査会報告書においても取り上げられ注目されています。

CATVは有線放送〔すべての番組がセット・トップ・ボックス(STB)に送られてくる〕、IPマルチキャスト放送は自動公衆送信(利用者の求めに応じて番組が送られてくる)であるとし、著作権法上の取り扱いが異なるという文化庁著作権課の課題提起がありました。

しかしその後、本年(2006年)5月29日の文化審議会著作権分科会法制問題小委員会において、「IPマルチキャスト放送によって放送の同時再送信を行う場合は、著作権法上、有線放送と同等に位置付ける」という方針が明らかにされました。

ネットTVや、いわゆるインターネット放送は、IPマルチキャスト放送よりも低いビット・レートのアクセス回線を使うことを想定しているサービスと理解しています。

—谷岡さん、このIP放送などについてはどのような研究をされているのでしょうか?

谷岡 NHK技研では、いわゆる「インターネット放送」とは異なりますが、地上デジタル放送を全国の皆さんの家庭に「あまねく」ご覧いただくという観点から、IP放送の研究を進めています。したがってIP放送の場合も、その番組内容、データ放送などを含めたサービス内容も含め、現在の電波を通して行っている放送と同じ品質を保証することが必要と考えています。

またIPで放送する場合、データ(映像や音声など)の遅延の問題があります。この遅延が、通常の放送の受信に比べて遜色のないようにするための研究も行っています。さらに、自分がどんな番組を見ているかを他人に知られてしまうということは、視聴者にとっては非常に不愉快なことですから、そのようなことが無いように匿名受信ということで、誰がどのような放送番組を見ているかを分からないようにするための研究も行っています。

それから、現在の放送電波と同じように、区域の外に配信しないような仕組みについても(区域外送信には合意が必要)などを研究しています。これらについては、技術的には、もうほとんど可能な状態になっています。あとは、法制度の問題と番組の著作権の問題です。

著作権処理などの課題が残るNHKアーカイブス

—ところで、NHKでは、現在どれくらいのコンテンツ(番組)を保有しているのですか?

対談風景

岡 埼玉県・川口市にある「NHKアーカイブス」(2003年2月1日完成)で、番組やニュースなどの貴重な映像を保存・管理していますが、番組を収録したデジタル・テープが、60万本以上あります。

貴重な映像資産を長期にわたって保存していくためには、テープよりも安定したメディアに移さなければいけないのですが、この作業が結構大変なのです。60万本以上もあるテープを、別のメディア(例えば光ディスク)にリアルタイムでダビングしていたら、何十年かかるかわかりません。

そういうこともありまして、デジタル・テープの情報を長年保存できる新しいメディアである光ディスクに高速でダビング(コピー)する技術も開発しています。これは、将来皆さんに、アーカイブにある放送に関する貴重な映像資産を、非常に効率よくご利用いただくための研究ということになります。

羽鳥 そのコンテンツ(番組)についてですが、すでに著作権処理をしたものについては、先ほど申し上げたIPマルチキャスト放送事業者などに、有料で使ってもらっているのですよね。

谷岡 はい。NHKの番組で著作権処理がされているコンテンツは、有料で通信事業者などに提供し、サービスに利用していただいています。

羽鳥 問題は、著作権処理していないコンテンツですね。この問題が、今後のIPマルチキャスト放送(IP放送)のビジネスを発展させる上で、非常に重要な課題となってきており、現在、各方面で検討が重ねられているところですね。

▽つづきはこちら から
http://wbb.forum.impressrd.jp/feature/list/82

 

用語解説

※1
QPSKと64QAM
QPSK(Quadrature Phase Shift Keying、4相位相変調)方式とは、1シンボルで2ビット(=22=4)の情報伝送を行う変調方式で、64QAM方式は、1シンボルで6ビット(=26=64)の情報伝送を行う変調方式である。

ビット/シンボルとは、変調時の情報の構成単位で、これが大きいほど伝送速度は速くなる。ワンセグのQPSK方式は、固定受信向けの地上デジタル放送の64QAM方式よりも、1シンボルで伝送できる情報量(ビット数)は3倍少なくなるが、情報を送る密度も低くなる。このため同じ送信電力で情報を送る場合は、QPSK方式のほうが送信情報(放送番組)のビット誤り率を低くすることができる。ただし、伝送できる情報量が少なくなるため、画質は固定受信向けの地上デジタル放送に比べてワンセグが劣ることになる。

プロフィール

羽鳥光俊氏

羽鳥 光俊

中央大学 理工学部 教授
電波監理審議会 会長
情報通信技術委員会(TTC) 理事長

略歴
1963年 東京大学 工学部 電気工学科卒業
1968年 東京大学 大学院 工学系研究科 博士課程終了、工学博士
1969年 東京大学 工学部 助教授
1986年 東京大学 工学部 教授(1999年 東京大学 名誉教授)
1999年 学術情報センター 教授
2000年 国立情報学研究所 教授(2004年 国立情報学研究所 名誉教授)
2004年より現職(中央大学 理工学部 教授)
この間、主に、通信工学〔移動通信(IMT-2000、ITS、無線LAN)、光無線通信、FTTH、電波干渉に強い通信方式〕、放送工学(放送のデジタル化、置局、著作権処理と著作権制御、画像の帯域圧縮符号化、通信と放送の融合)などの研究に従事。


 

谷岡健吉氏

谷岡 健吉

NHK放送技術研究所 所長

略歴
昭和41年4月 NHK入局、昭和51年 NHK総合技術研究所(現・放送技術研究所)映像管班に異動。平成12年 放送技術研究所(撮像デバイス) 部長、平成18年 放送技術研究所長。昭和57年 テレビジョン学会鈴木記念賞受賞、平成3年 新技術開発財団 市村学術賞受賞、平成5年 高柳記念財団 高柳記念奨励賞受賞、平成6年 大河内記念会 大河内記念技術賞受賞、平成8年 全国発明表彰 恩賜発明賞受賞。工学博士。 昭和23年2月14日生(高知市)。

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