802.11nの高速化:
1Hzあたり6.5~15ビット/秒以上を目指す
—最近、無線LANの新しい標準として802.11nの標準化が活発化していますが。
服部 現在の無線LANを周波数利用率の面から見ますと、今の周波数利用率はあまり良いとはいえません。とくに現在の802.11aは、物理層における伝送速度(つまり空間における無線速度)は54Mbpsですが、ユーザーが体感できる実効速度は、20~30Mbps程度です。今後、高画質のハイビジョンなどを伝送するとなると、それだけで1チャネルで20Mbpsくらい必要となります。
ですから、その3倍の60Mbps以上、できれば100Mbpsくらいのユーザーが使える実効的な伝送速度がほしいのです。今までの伝送速度は、802.11b/a/gのいずれも無線の速度(物理層の速度)で定義していました。
このため、実際に使ってみると、その半分程度の実効速度しか使えないのです。そこで、実効速度が100Mbps以上を目指す802.11nの標準化に期待が高まっているのです。
ただ、周波数上の制約(リミット)があります。周波数の利用効率を、現在の例えば802.11aの場合を考えますと、802.11aの無線LANでは20MHz幅の帯域を利用して54Mbpsを実現しているわけですから、1Hzあたり2.7ビット/秒(=54Mbps÷20MHz)でということになります。これに対して、20MHz幅の帯域で、1Hzあたり5ビット/秒(5bit/sec/Hz)を目指すと、20MHzで100Mbps(=20MHz×5ビット/秒)を実現できます。
802.11nでは、これを無線の速度でなく、ユーザーが使える実効速度(アプリケーションにより近いMAC層の速度)として、100Mbpsまで狙うべきであるというニーズから出発して、標準化が進められているのです。
ですから、実効速度100Mbpsを実現するには、物理層では数十%さらに高速な無線速度が必要になります。これを実現するには、これまでの変調方式(多値変調方式)だけでは、実現が難しいところがあります。
—多値変調方式だけでは、難しいと言う意味は?
服部 BPSK(※2)のような変調方式では、1変調あたり(1シンボルあたり)1ビットの情報を搬送波に載せて通信します。これに対して、多値変調方式とは、例えばQPSK(※3)ですと1変調あたり2ビット、16QAM(※4)ですと4ビット(24=16)、64QAMですと6ビット(26=64)と上がっていき(すなわち多値になっていく)、周波数の利用効率が上がっていきます。しかし、802.11nの伝送速度を実現するには、変調多値数を高めるだけでは限界があるのです。
用語解説
※2 BPSK :Binary Phase Shift Keying、2相位相変調
※3 QPSK :Quadrature Phase Shift Keying、4相位相変調
※4 16QAM:16 Quadrature Amplitude Modulation、16値振幅位相変調
そこで、多値変調方式に加えて、電波の反射(マルチパス)を利用し伝送速度を上げる仕組みを考えたのです。すなわち、周辺の壁などから反射する電波の複数のルートを有効利用して高速化を実現する方式です。そのために、送信アンテナも受信アンテナも複数個設け、複数のパス(電波の通信路)をたくさん作るわけです。
このようにパスをたくさん作ることによって、現在の数倍まで伝送速度を上げることができるのです。これが、前回説明したMIMO(マイモ)という技術です。
いずれにしろ、802.11nは周波数利用率を上げて、第1フェーズは20MHz幅で無線速度130Mbps程度高速化していき、さらに40MHz幅を使って、無線速度を600Mbpsくらいの速度まで上げていく予定となっています。この伝送速度は、先ほどのUWBと競合する領域となっています。