[インターネット・サイエンスの歴史人物館]

連載:インターネット・サイエンスの歴史人物館(13)フェルナンド・ホゼ・コルバト

2008/02/20
(水)

Multicsとインターネット

MulticsはリックライダーがARPAで助成した最大規模のプロジェクトだったが、開発が遅れ、69年末に立ち上がったARPANET(Advanced Research Projects Agency Network)に間に合わず、ネットワークノードには当初カリフォルニア州バークレー校が開発したSDS 940とGenieタイムシェアリングOS、次いでDECのPDP-10とBBNのTENEXが採用された。また、IBMのS/360は69年に、世界で稼働する約90万台の汎用コンピュータの70%を占め、圧倒的優位に立った。先端的な商用OSを期待していたベル研究所は、MITのプロジェクトに興味を失い69年1月に離脱した。GEはMulticsが稼働を開始した直後に、コンピュータ事業をハネウェルに売却することを決めた。

70年5月にGEのコンピュータ事業を買収したハネウェルは、73年1月にMulticsの商用マシンHoneywell 6180を発表した。このマシンは70年代を通じて77台販売された。MITにおけるMultics関連のソフトウェア開発は継続され、71年10月にARPANETに接続され、72年末に約500名の利用者が登録され73年にH6180が増設された。CTSSは73年7月に役割を終えたが、MITのMulticsは1988年1月まで1日22時間運用された。

Multicsは今日に至る新しいコンピューティングの潮流の出発点だったが、SMPでプロセッサの数に応じた性能を発揮させることが容易ではないことを示し、PL/IがFORTRANとCOBOL(COmmon Business Oriented Language、コボル)に代わることもなかった。Multicsの開発に加わったケン・トンプソンは、ベル研究所の非力なPDP-7で階層型ファイルシステムを利用したタイムシェアリングOSを実現するために、別の言語を改造せざるえなかった。このOSは数回造り直されてUnixとなり、TCP/IPを統合してインターネットの広がりを支え、90年代になってマルチスレッド化されてSMPが高性能サーバに不可欠の技術となる。コルバトのビジョンを充足できる技術と市場の環境整備には、あまりにも長い時間を要した。

コルバトは1982年に米国電気電子技術者協会(IEEE、The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc)からコンピュータ・パイオニア賞、1990年に米国計算機学会(ACM)からA. M. チューリング賞を受賞し、1996年までMITに在籍した。
 

参考文献

M. Mitchell Waldrop「THE DREAM MACHINE: J. C. R. Licklider and the Revolution That Made Computing Personal」VIKING published by the Penguin Group 2001

F. J. Corbato, C. T. Clingen, J. H. Saltzer, Multics -- The First Seven Years (AFIPS, 1972)
http://www.multicians.org/f7y.html

F. J. Corbato, M. M. Daggett, R. C. Daley, An Experimental Time-Sharing System (IFIPS 1962)
http://larch-www.lcs.mit.edu:8001/~corbato/sjcc62/

F. J. Corbato, V. A. Vyssotsky, Introduction and Overview of the Multics System (AFIPS 1965)
http://www.multicians.org/fjcc1.html

F. J. Corbato, PL/I As a Tool for System Programming (Datamation, May 6 1969)
http://home.nycap.rr.com/pflass/plisprg.htm

http://www.multicians.org/f7y.html

Multics Chronology
http://www.multicians.org/chrono.html

Ben Meadowcroft「CTSS and Multics」
http://www.benmeadowcroft.com/reports/corbato/

Tom Van Vleck「The IBM 7094 and CTSS」(18 Dec. 1997)
http://www.multicians.org/thvv/7094.html

Tom Van Vleck「MULTICS History」(08 Ot. 2001)
http://www.multicians.org/history.html

ページ

関連記事
新刊情報
5G NR(新無線方式)と5Gコアを徹底解説! 本書は2018年9月に出版された『5G教科書』の続編です。5G NR(新無線方式)や5GC(コア・ネットワーク)などの5G技術とネットワークの進化、5...
攻撃者視点によるハッキング体験! 本書は、IoT機器の開発者や品質保証の担当者が、攻撃者の視点に立ってセキュリティ検証を実践するための手法を、事例とともに詳細に解説したものです。実際のサンプル機器に...
本書は、ブロックチェーン技術の電力・エネルギー分野での応用に焦点を当て、その基本的な概念から、世界と日本の応用事例(実証も含む)、法規制や標準化、ビジネスモデルまで、他書では解説されていないアプリケー...