≪3≫モバイルIPを利用するWiMAX
■10MHzというのは、地域バンドとして充分な幅なのでしょうか。
真野氏 周波数の帯域幅はもちろん広いにこしたことはないのですが、それを言うときりがありません。電波は有限ですし、干渉しない範囲ということで、今は10MHzということになっていますが、今後、技術が発展することによって、多少改善するかもしれません。
WiMAXの場合、「同期」という技術があります。例えば、ユーザーに近い場所(エリア)にAという基地局とBという基地局がある場合、2つの基地局は同期して端末に対して同時に電波を出します。基地局が端末に対して電波を出す方向はそれぞれ異なりますが、基地局が同時に電波を送信するということです。基地局は、自分が送信するときは、端末からの電波を受信する必要はありません。近隣の基地局同士が大電力で送信していても、同期している、すなわち両方ともが送信状態にあるならば、基地局同士は干渉しません。また、この基地局からの電波を受信するほうの端末は、それぞれの接続すべき基地局(親局)の方向にアンテナを向けて設置していますので、他の基地局より親局の電波の方を強く受信できます。このように基地局を同期することで、複数の基地局間の干渉を抑えて、多くの基地局設置ができるようになります。
現在は、干渉回避のためにガードバンド設けていますが、このような仕組みは、このガードバンド(干渉を防止する帯域)を少なくできるメリットもあるわけです。ガードバンドを小さく出来れば、有限の周波数を無駄なく利用することができます。
■細かい技術的な質問なのですが、IPアドレスは、ネットワーク・アドレスとホスト・アドレスがいっしょになっているように、もともと固定通信用に策定されたものですよね。無線になったときに問題にならないのでしょうか。

荻野司氏
(ユビテック 代表取締役社長)
荻野氏 それは大丈夫です。ただ、IPアドレスについては、有線と無線では扱いが異なります。有線の場合は、割り振ったアドレスで、端末のおおまかな位置情報を特定しているわけです。DHCPを使って割り振っていたとしても、一意に端末の位置を特定できます。
ところが無線の場合は、端末が移動しているため、あるネットワークに出現したり、消えたり、あるいは他のネットワークに出現したりする、すなわち出入りがあります。
したがって、有線のインターネットと無線のインターネットでは、それぞれの特徴を考えた使い方が必要です。
真野氏 有線の固定電話の場合は、キャリアがすべての網をコントロールしていて、通信したい相手同士を結び付けて通話できるようにしています。
これに対して、自律分散網であるインターネットでは、通信する人同士がお互いIPアドレスが分かっているため、お互いに識別ができるようになっています。しかし、情報(データ)がネットワーク上のどの経路を流れていくかということは、経路上の各組織が独立に管理しています。すなわちインターネット網内では、ルータなどによって自律的に、相互に経路情報を交換し、情報が相手に届く仕組みになっているのです。
ところが、こうしたことを既存の携帯電話網などの無線で、全国でやろうとすると、それがなかなかできなくて、結局従来の電話と同様の回線交換型のオペレーション・モデル(通信相手同士の接続を確立してから通信するモデル)になってしまいます。
これに対して、WiMAXの場合は、最初からIPを基本にしており、移動を伴う通信環境用に標準化されたモバイルIP(MIP ※)というプロトコルを使用しています。このモバイルIPによって、限りなくインターネットのような自律分散網に近い使い方ができます。
※モバイルIP:Mobile IP。ノードが実際につながっているネットワークに関わらず、いつでも一意のIPアドレスでアクセスできるようにしたプロトコル
荻野氏 その場合、携帯電話のような通信環境の移動通信と、インターネットやWiMAXの移動通信は、意味がまったく違うというところが重要です。WiMAXの接続処理はインターネットと同じく、上位層のレイヤ3(ネットワーク層)の、IP層で行っているので、装置も安く、簡単にできるため、導入コストが安い。
ところが、携帯電話など通信業界の物理層(レイヤ1)に近いところで移動通信をサポートする場合は、専用の装置が必要なためコストがよりかかってしまいます。
■モバイルWiMAXとIPの関係をもう少しわかりやすくお話していただけますか。
荻野氏 そうですね。WiMAXという技術は、従来の携帯電話網と違って、インターネットの仕組みが非常に乗りやすいプロトコル構成となっています。具体的にはレイヤ1である無線とレイヤ2(データリンク層)までがWiMAXの仕様で、その上のレイヤ3が、IPを使ったインターネットとなるわけです。
このレイヤ2までの仕様は、基本的にIEEE 802.16WGで標準化されていますが、さまざまなオプションがあります。そこで世界的に相互接続できるようにするため、WiMAX Forumがシステム・プロファイルという形でレイヤ3以上の利用方法も含めて標準化しています。
WiMAXで技術的に苦労しているところは、IEEE.802.16が本来レイヤ2までの機能を標準化するところを、実際には、モバイルIPやIPv6による移動通信のサポートから、世界的な携帯電話網との相互接続や事業者間精算ガイドなどのビジネス面まで標準化しているのです。このため、レイヤ3のインターネット装置から無線装置、すなわちベースの基地局とインターネットのプロトコルから全世界のIP対応携帯電話との相互接続に至るまで、すべてのプロトコルを理解することで、WiMAXを最大限に活用できるわけです。
真野氏 WiMAXもWi-Fiでも同じなのですが、これらの無線方式の場合は、有線のインターネットでやっているようにIPによる分業を目指しているわけです。つまり、道路とアプリケーションを分けようということです。道路は共通で、みんなが使えるようにしようとしたわけなのですが、無線の場合はこうした分離がなかなか進まないのです。その背景には、歴史的にみると通信業界(ネットワーク)と情報処理業界(コンピュータ)の対抗意識のようなものを感じさせます。
電波行政でも同じです。電波の管理ということならば、下層のレイヤ(データリンク層)までを扱えばよいはずなのです。ところが、アプリケーションから、周波数、変調方式、免許の制度までを、すべてやろうとする傾向がありますが、これは本来の目的とは違うと思います。そこまで細かく規定する必要はないはずです。それが、今回の地域WiMAXの制度では、行政側は従来では考えられないほど、柔軟な対応をしていて、新しい時代の電波行政の出発点というような印象を強く感じさせています。
>>「第3回」へつづく
プロフィール
真野 浩(まの ひろし)
現職:ルート株式会社 代表取締役
1960年東京都生まれ。1993年にルート(株)を設立。デジタル無線通信機器の開発を行いアナログとデジタルの融合技術によるネットワークのトータルソリューションを提唱。無線IPルータを開発し、全国150以上の市町村や学校等の地域情報化を促進。無線利用、地域情報化の為の各種審議会、研究開発事業にも多数参画。
2005年ルート(株)はアライドテレシスホールディングス(株)との経営統合によりアライドテレシスグループの子会社となる。その他、山梨県上野原市に第3セクタ方式により設立された(株)上野原ブロードバンドコミュニケーションズの取締役として、FTTHによるCTAV、ブロードバンドサービス事業も推進している。
公職:電気通信技術審議会、5GHz帯無線アクセスシステム委員会分科会委員、ワイヤレスブロードバンド推進研究会委員、モバイルブロードバンド協会理事 他

荻野 司(おぎの つかさ)
現職:株式会社ユビテック 代表取締役社長
1961年大阪府生まれ。1986年キヤノン(株)入社。中央研究所を経て、ISP事業開始のため1996年ファストネット(株)へ出向。1999年同社取締役に就任。
2000年(株)インターネット総合研究所 技術戦略担当執行役員に就任、2002年には同社の研究開発担当 取締役に就任し、ユビキタス時代におけるネットワーク、コンピュータとの融合技術を中心とした研究・開発組織、ユビキタス研究所を設立。
2003年には(株)ユビテック代表取締役に就任し、2005年6月には同社の上場を果たす(大証ヘラクレス 証券コード6662)。
同時に、2000年より3年間、日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)のIP担当理事を務め、日本におけるインターネットの普及基盤整備に尽力。また、IPv6普及・高度化推進協議会には設立時より参画。2007年2月まで常務理事を務めIPv6普及の啓蒙活動に注力した。
現在では、ワイヤレスブロードバンド推進協議会の発起人も務め、WiMAXを中心とする次世代インターネット技術の普及や啓蒙活動に力を入れている。静岡大学 客員教授も務める。
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【アライドテレシス】
地域通信事業者に向けたWiMAX製品の販売を開始
http://www.allied-telesis.co.jp/info/news/2008/nr080401.html
【ルート】
日本で最初の地域WiMAX用基地局の技術基準適合証明を取得
http://www.root-hq.com/newsrelease/news080407.html
【東北インテリジェント通信】
デジタル・デバイド解消のためWiMAXの無線局免許を申請
http://www.tohknet.co.jp/p_mod/news/getnewsext.php?n_id=83
【総務省】
地域WiMAXに係る無線局免許の申請状況について
http://www.soumu.go.jp/s-news/2008/080411_4.html
【WBB Forum過去記事】
2.5GHz帯のWiMAX(FWA)で地方のブロードバンドを実現!
http://wbb.forum.impressrd.jp/news/20070123/375
モバイルWiMAXがIMT-2000の新・標準インタフェースに!
http://wbb.forum.impressrd.jp/report/20070911/460
モバイルWiMAXのサービス会社、本稼働へ!
http://wbb.forum.impressrd.jp/news/20080307/560
慶應大、オープン無線プラットフォーム・ラボ =2.5GHz帯のWiMAXの実証実験をスタート=!
http://wbb.forum.impressrd.jp/news/20071228/518
短期連載:韓国のDMB/WiBroの最新動向(1)
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短期連載:韓国のDMB/WiBroの最新動向(2)
http://wbb.forum.impressrd.jp/news/20060911/271
短期連載:韓国のDMB/WiBroの最新動向(3)
http://wbb.forum.impressrd.jp/feature/20061024/308
短期連載:韓国のDMB/WiBroの最新動向(4)
http://wbb.forum.impressrd.jp/feature/20061031/312