≪3≫真のワイヤレス・ブロードバンドをどう実現するのか
■ それは実現可能なのでしょうか。
近 義起氏
(ウィルコム 取締役
執行役員 副社長)
近 私たちは、それを目指しています。なぜそれを一生懸命やろうとしているかというと、図11に示すように、ウィルコムのマイクロ・セル方式は、すでに人口の99.4%をカバーする、16万局以上の基地局(CS:Cell Station)を設置済みとなっており、「真のワイヤレス・ブロードバンド」の実現性が他社と比較して最も高いからです。
この16万局もの基地局を設置するために、これまで10数年かけて地道に交渉してきたのです。しかし、今からこの規模の基地局を短期間で設置交渉するのは、どなたがやっても非常に困難なことと思います。
■ 今、16万局とおっしゃいましたが、他のモバイル通信事業者の基地局(マクロ・セル)数はどの程度でしょうか。
近 基地局の数の大小で必ずしも性能が決まるものではありませんが、発表されている数では、例えばNTTドコモさんが6万局弱(59,700局、2008年6月末現在)、KDDIさんが46,100局(2008年度見込み数字)、ソフトバンクさんが53,000局(2008年8月末現在)とだいたい4万〜6万程度ぐらいですからその多さはご理解いただけると思います。
ただし、NTTドコモさんの場合、5,400万ユーザー(ウィルコム460万ユーザーの約10倍のユーザー数)を6万基地局でカバーしていますので、ウィルコムのユーザー数460万人はその10分の1と見ますと、数千局程度のマクロ・セルでカバーできることになります。
このように、ウィルコムがユーザー数460万人を16万局でカバーしていることと比べますと、いかに密度濃くサポートしているか、いかに大変なことかがご理解いただけると思います。
■ そうですね。おっしゃるとおりです。
近 以上のことから、だれであってもほんとうにモバイルでブロードバンドの速度を高速化しようとすると、システムというよりまず基地局の場所をとるのが大変なのです。したがって、ウィルコムが絶対にブロードバンド・サービスをやったほうがよいと思っているのは、このようなことが理由の1つです。
もう1つの理由は、PHSはできた頃、次のようなことが言われていたのです。携帯電話というのは、ユーザーが2,000万人以上なると、周波数がいっぱいになってしまい、だれも使えなくなってしまう。だからPHSが要るのだと。このため、先ほど述べたコンバージェンス(融合)ではありませんが、携帯(モバイル)とPHSを組み合わせたようなシステムが必要となると世界的に言われていて、そうした背景から日本はPHSをつくりましたし、欧州ではDECT(デクト ※1)がつくられ、米国でもWACS(※2)、PACS(※3)などと言われるシステムを開発されました。
※1 DECT:Digital Enhanced Cordless Telecommunications、欧州のETSI(欧州電気通信標準化機構)が策定した1.9GHz帯を利用するディジタル・コードレス電話システムの標準。アクセス方式には、日本のPHSと同じTDMA-TDD方式が採用されている
※2 PACS:Personal Access Communications System、米国の1.9GHz帯の周波数を使うPCS(Personal Communications Service)サービスの実現方式の1つ。米ベルコア(現テルコーディア・テクノロジーズ)が提案した「WACS」と、日本のPHSを統合して開発
※3 WACS:Wireless Access Communication System、米ベルコア(現テルコーディア・テクノロジーズ)が開発した、米国の1.9GHz帯の周波数を使うPCSサービスの実現方式の1つ
ところが、マクロセル方式の皆さんが頑張られ、2,000万よりもはるかに多い1億人もの加入者が利用できるようになりました。このように5倍も頑張られたので、残念ながら当初のもくろみ通りのPHSの時代は来なかったのです。ウィルコムではこの間、音声通話からデータ通信にシフトしたりして、自分の特色を出しつつ今までビジネスをつないできましたけれども、残念ながら圧倒的にPHSの時代だというふうにはなりませんでした。
それは、マクロ・セル方式でも容量が足りていたからであり、数倍(2000万人から1億人)
というのは技術的な努力で何とかなったのです。例えば、マクロ・セルのセル半径を少し小さくしてみたり、もしくは、新しい技術を開発したりということです。ところが、今度必要とされる容量は、5倍ではなく1,000倍なのです。1,000倍となると、もうさすがに技術開発だけでは困難ですよね。ですから、今度こそマイクロ・セルの真価が発揮されると思っています。
≪4≫オールIP化されたXGPプラットフォーム
■ ということは、御社(ウィルコム)は、すでに16万局もの基地局(アンテナ)を設置しており、資産を持っているので非常に大きな可能性があるということですか。
近 そうですね。16万局もの基地局を設置する(あるいは機器を入れ替える)ための交渉が比較的簡単に済むということ、また機器を次世代用に取りかえるだけで済むということです。単純に機器を入れかえるのと、基地局を設置するために今からマンションの所有者などに交渉に行くのはどっちが早いでしょうか?
■ 全然違いますよね。
近 私たちはすでに10数年かけて交渉した経過あるのですから、我々は10年以上進んでいるはずなのです。ただし、PHSの唯一の課題は、伝送速度が不足しているところなのです。
■ 今後、どの程度の速度を目指すのですか。
近 現在のPHSはやや遅いですから、もう少し速くする必要があります。現在の実効速度でも、いい勝負なんですけれども、圧倒的じゃないのです。だから、今度これを圧倒的にするのが私たちの次世代PHSのプラットフォーム「XGP」(eXtended Global Platform)を構成する送信機/受信機、アンテナ技術などなのです。
■ 「XGP」というのが、御社の次世代プラットフォームなのですね。
近 そうです。そうすると、モビリティもあり、かつどこでもブロードバンドが実現できる、これが唯一実現できる一番近いポジションにいるのはウィルコムなのです。
■ なるほど。
近 それと、元々PHSが必要とされていたのは、音声サービスにおいてもマクロ・セル方式では、周波数帯域幅が不足するようになるので、絶対PHSの利用が増えると思われていたのがちょっと空振りだったことです。次の「真のワイヤレス・ブロードバンド」においては、マイクロ・セルはもう絶対であると、固く信じています。
次世代PHSが目指しているコンセプトは、ひたすら大容量であり、インドア(室内)もきちんととカバーし、モビリティが高くて全国的なカバレッジを携帯並にする。さらに、オールIP化されたオープン・システムをつくること、これが目標です。
≪5≫フェムト・セルとリピータで家庭内にもPHSを浸透
■ 具体的にはどのような展開となるのでしょうか。
近 未来の全国的な大容量なワイヤレス・ブロードバンドのインフラを構築するには、まず、サービス開始当初はエリアを一気に広げる必要があるため、前述した図11の左に示すように、まずマクロ・セルの構築から始めます。
しかし、やはり真のワイヤレス・ブロードバンドの容量を確保するためには、どうしても図11の右に示すように、マイクロ・セルが必要となります。
同時に郊外のほうは、マクロ・セルでないとないとエリアが広がらないし、建設コストも下がらない。したがって、マイクロ・セルとマクロ・セルをうまくバランスさせて、サービスを提供していくことが、真のワイヤレス・ブロードバンド・インフラの姿となるのです。
さらに、屋内でも通信をうまくカバーしPHSサービスを浸透させていくことも非常に大切なことです。このため、図12に示すように、フェムト・セルとか、あるいは、リピーター(中継器)とか、こういったものをさらに組み合わせていくことによって、真のワイヤレス・ブロードバンドを提供していくのです。これを実現する一番の課題は、何と言っても基地局を設置する場所の確保なのです。
■ なるほどバランスさせて構築していくのですね。ところで、日本だけでなく中国などでもPHSが普及していますが、PHSの基地局は全世界で、いくつくらい設置されているのでしょうか?
近 先ほど申し上げたようにウィルコムの基地局は日本で16万局もありますし、この他図13に示すように、中国、台湾、タイ、ベトナムなどの東南アジア、とくに中国では日本の10倍の160万局のPHS基地局が設置されています〔PHSの中国の呼び名:「小霊通」(シャオ・リン・トン)〕。
■ その基地局は、だれが設置したのでしょうか。
近 それは、固定系の中国電信(チャイナ・テレコム)と固定系の中国網通(チャイナ・ネットコム)の2社が設置したものです。その後、中国網通は、2008年6月に携帯系の中国聯通(China Unicom:チャイナ・ユニコム)と合併し、新しい中国聯通(チャイナ・ユニコム)が誕生しています。中国においてPHSは「固定電話のコードレス版」という位置づけであり、移動通信とはみなされていないため、これまでは固定系の通信事業者がサービスを提供してきました。現在、中国のPHSユーザー数は8000万人弱です。
――つづく――
プロフィール
近 義起(ちか よしおき)
現職:株式会社ウィルコム 取締役 執行役員 副社長
【略 歴】
1985(昭和60)年 3 月 茨城大学 理学部(物理学科) 卒業
1985(昭和60)年 4 月 第二電電株式会社(現KDDI 株式会社) 入社
1994(平成 6)年 8 月 株式会社DDI ポケット企画に出向
2000(平成12)年 10 月 DDI ポケット株式会社 技術企画部長
2002(平成14)年 6 月 同社 取締役技術本部長
2003(平成15)年 11 月 同社 取締役プロダクト統括本部長兼技術本部長
2004(平成16)年 10 月 同社 執行役員プロダクト統括本部長兼技術本部長
2005(平成17)年 2 月 社名変更により株式会社ウィルコム執行役員プロダクト統括本部長兼技術本部長
2005(平成17)年 11 月 同社 執行役員
2006(平成18)年 10 月 同社 執行役員副社長
2007(平成19)年 6 月 同社 取締役 執行役員副社長
現在に至る