≪4≫残されたモバイル大手2社のWiMAX参入への道
■ しかし、そのような状況で強いWiMAX産業が育つのでしょうか?
村井 そうですね。マーケット全体を見て評価してみると、結局、マーケットに大きな投資をしていくリーダーを失ってしまったとも言えます。例えば、韓国のWiMAX市場で、WiMAXサービスであるWiBro(Wireless Broadband)がなかなか立ち上がらなかったのも、もともとはKTとSKTにライセンスを出しましたが、SKTがまったく投資をしなかった。その結果、KTだけ1社が投資をすることになったため、WiBro関連設備の価格が下がらない。設備が下がらないから、投資が進まないという悪循環を生んでしまったのです。
現在、台湾でもこのような現状が起きています。結局、WiMAXに関するマーケットのリーダーが不在のため、台湾でも、積極的にWiMAXに関する基地局の投資をしていないのです。そのため、基地局の価格が下がらない。価格が下がらないから投資を控える、ということになっていて、だんだんとWiMAXサービスの開始が遅れてきています。もともと、日本より一足早く、2008年の末にWiMAXサービスがスタートすると言われていたのが、2009年中旬以降にずれ込んでしまっています。
■ しかし、中華電信や台湾モバイルはLTEを目指しているとはいえ、WiMAXの市場が立ち上がってきたら、市場に参入するのではないでしょうか?
村井 その可能性はありますね。先ほど示した図4の周波数割り当ての図を見てください。この図を見て感じることですが、中華電信はライセンスがとれなかったのではなく、一方でとらなかったという説もあるのです。図4を見ていただければわかることですが、2.625GHzから2.660 GHzまでの赤い部分の35MHz幅分が北部と南部とも空いていますよね。
■ たしかに、空いていますね。
村井 もし、WiMAXが市場として立ち上がった場合、政府はこれを追加でオークションに出すのではないかと言われているのです。また、ここの部分のライセンスは台湾全区のライセンス、すなわち北部と南部で分けるのではなくて、1つの通信事業者に出すといわれているのです。投資効率から考えると、北と南に分けて他者とローミングするなどよりは、中華電信ぐらいの資金力(パワー)があれば、全区一気に投資することは可能ですから、ここのライセンスを狙っているのではないか。
■ なるほど。
村井 このように見ますと、もしWiMAXの市場が立ち上がらなかったら参入しないほうがよいし、市場が立ち上がったら、ここのライセンスを取りに行こうという考えになるのもおかしくはないのですね。
■ なるほど。
村井 台湾モバイルもそういうふうに考えているのではないのかな、という説もあるのです。
■ しかし一方で、中華電信や台湾モバイルのような大手事業者がWiMAX市場に参入するようになったら、資本力のある大手2社の市場となってしまうのではないでしょうか?これは矛盾でもありますが。
村井 そこは、その時点でオークションがありますので、一定のルールが適用されるように思います。
≪5≫とはいえ活況を呈する、台湾のWiMAX産業と政府の支援
■ 現実に、WiMAX製品の開発状況はいかがですか?
村井 以上のような動きや課題があるとはいえ、もともとの目的であったWiMAXという通信産業を立ち上げていこうという面から見ますと、台湾は本来、無線LAN関連機器やCPE(Customer Premises Equipment、顧客の宅内設備)と言われている分野では相当強い国際競争力を備えています。その代表的なメーカーとして例えば、ZyXEL(合勤科技)やGemtec(正文科技)、D-Linkなどがあります。
台湾のメーカーは、政府が何かやったから強くなったというよりも、マーケットのニーズさえあれば、製品の製造力(量産によりコストダウン)は国際的に見てもトップレベルの力をもっています。このため、技術が標準化されているWiMAXに関しては、CPEをつくるのにそれほど高度なノウハウは必要ないため、製品を容易に作ることができます。しかし(台湾政府もわかっていたことですが)、台湾政府が一番強化したいと考えているWiMAXの大型の基地局やWiMAXのチップセットに関しては、今のところまだ台湾メーカーでは、立ち上がっていないのが現状です。
![村井則之氏〔野村総合研究所 台北支店 資深顧問師(シニアコンサルタント)〕](/sites/default/files/images/081101/taiwan02_ph02.jpg)
村井則之氏
〔野村総合研究所 台北支店
資深顧問師(シニアコンサル
タント)〕
現在、WiMAXのチップセット・ベンダーを国際的に見てみますと、
(1)Intel(米国)
(2)Runcom Technologies(イスラエル)
(3)Sequans Communications(フランス)
(4)Beceem Communications(インド系米国企業)
(5)Wavesat(カナダ)
(6)富士通マイクロエレクトロニクス(日本)
(7)TeleCIS Wireless(米国)
(8)picoChip(英国)
(9)STMicroelectronics(伊仏合弁企業)
などがあり、すべて台湾以外のメーカーとなっています。
台湾では、メディアテック(MediaTek)のような技術力の高い半導体チップセット・ベンダーがありますが、市場がまだ不確定なところもあるためまだ本格的な取り組みにはなっていませんが、今後、市場の発展とともに投資額も増え、本来の実力を発揮していくものと期待されています。
また、WiMAXの基地局に関しては、中型規模程度の製品は、TECOM(東訊社)や、ZyXEL(合勤科技)もGemtek(正文科技)などが手がけていますが、大型の基地局に関してはまだ技術力の不足により製品化できていないため、この辺は日本のNECや富士通などとの技術協力が行われています。
■ 今後、台湾政府として、WiMAX事業をどのように支援していくのでしょうか?
村井 今、台湾でWiMAXのライセンスを取得した6社のWiMAXへの投資を促進させるために、高価な基地局を共同で購買し、共同で基地局を利用しあうことによって、基地局の価格を下げていこうという議論があります。政府もそれを支援するために、基地局の設置コストをいかに安くするかを考えています。そこで、政府としては、政府系の図書館や公民館、学校など建物の上にWiMAXの基地局を打つために開放する、つまり政府の施設を貸して基地局を設置しやすくするなどの方針を取っています。これはライセンスを付与する段階で、イニシャル・コストを下げるために、何%以上は共同基地局にしなさいと義務づけられていることでもあります。
WiMAX用のCPEについては、多くのベンダーから、すでにたくさんの製品が提供されています。
■ あと、台湾の場合、いわゆるWiMAXフォーラムのWiMAX製品に関する公式の認証機関が設置されたのも早かったですね。
村井 そうですね。WiMAX Forumによって認定された公式な認証試験機関である「WFDCL」が台北のADFとTTC-CCSという2箇所が認定されていますが、WFDCLが2箇所もあるということ事態が、いかに台湾がWiMAXに力を入れているかという証です(間もなく日本にも設置される予定)。
このWFDCLは、順調に稼働しているようで、WiMAXに関する認定機器が順次出てきています。
例えば、2008年8月には、日本のNECのモバイルWiMAX基地局およびモバイル端末が、このADT(WFDCL)から初めてWiMAX ForumのWave2認証を取得したと発表されています。具体的には、2.5GHz帯をサポートするMIMOを使用したWiMAXの基地局、無線ネットワーク制御装置およびモバイル端末(PCMCIAカード)となっています。
WFDCL:WiMAX Forum Designated Certification. Laboratories、WiMAX Forumによって認定された公式な認証試験機関
ADT:Advance Data Technology、WiMAX Forumが認定する台湾の公式認定施設
TTC-CCS:台湾のTelecom Technology Center(テレコム技術センター)とCompliant Certification Services(コンプライアント認証サービス)の共同ラボ。WiMAX Forumが認定する台湾の公式認定施設
≪6≫M-台湾計画の今後の展望
■ M-台湾計画から、WiMAXに関する台湾の活力あふれる多面的なお話をありがとうございました。今後の展望を整理していただけますか。
村井 M-台湾計画は端的に整理すると、光ファイバ(FTTH)とWiMAX(ワイヤレス・ブロードバンド)で、台湾を新しいブロードバンド・アイランドにし、世界のテストベッドにしようという果敢な挑戦です。
一方、とくにワイヤレス・ブロードバンドの分野においては、WiMAXと対抗してLTE(3.9Gのモバイル)という強力なライバルが登場しています。さらに、今後のWiMAX市場の動向によっては、大手の中華電信や台湾モバイルなどの事業者もWiMAX市場への参入を伺うなど、緊張が続いています。
いつの時代も、市場はユーザーが決定するものです。このため、WiMAXサービスを提供する通信事業者は、提供するサービスの内容、魅力的なサービス料金の体系、使いやすさ・快適さにおいて、既存のサービスと十分な競争力が求められることになります。現実の台湾の市場では、例えば中華電信のように、光ファイバと3.5G(HSDPA)に注力してブロードバンド市場を拓いてきています。
今後、台湾国内における市場での競合が、新しいWiMAX産業を活性化させ、パソコンで世界を席巻したように、台湾がWiMAX関連製品でも世界を席巻し、台湾をブロードバンド・アイランドにできるかどうか、その踊り場を迎えているところです。
■ ご多忙のところありがとうございました。
プロフィール
![野村総合研究所 台北支店 資深顧問師(シニアコンサルタント) 村井則之氏](/sites/default/files/images/081101/taiwan01_ph03.jpg)
村井 則之(むらい のりゆき)
現職:野村総合研究所 台北支店 資深顧問師(シニアコンサルタント)
【略 歴】
早稲田大学大学院理工学研究科電気工学修了(修士)
株式会社野村総合研究所入社
以後、情報通信分野を中心に、日本・韓国の主要民間企業に対して事業戦略やマーケティング戦略の立案、実行支援に従事。
2005年5月より野村総合研究所台北支店に赴任。情報通信分野を中心に、台湾政府機関に対する産業政策立案支援、台湾民間企業に対する事業戦略コンサルティング活動に従事。
主要著書には、「これからの情報通信市場で何がおこるか」(共著、東洋経済新報社)、「経営用語の基礎知識」(共著、日本ダイヤモンド社)など。