[特集]

スマートグリッド標準「KNX」とIEEE 1888」のスマートシティへの応用

KNX 協会会長 H. Lux(ハインツ・ラックス)氏 v.s.東京大学大学院 教授 江崎浩氏
2014/10/01
(水)

2008年から取り組みを始めたKNXのサイバーセキュリティとIEEE 1888のセキュリティ規格

江崎:現在、KNXのセキュリティ部分の拡張に取り組んでいると伺っていますが、それは直近で取り組まれている活動なのですか。

Lux:はい、そのとおりです。2008年に37カ国から集まった250名のメンバーは、セキュリティの必要性を強く理解していました。というのも、以前はビルの制御を中心に議論していたからです。一方、現在はビル間、あるいはインフラ間の情報交換について議論を行っています。スマートグリッドが登場し、ビル同士であらゆるものが交換できるようになり、このような流れを受けて、例えばビルにおけるエネルギー消費についてのセキュリティが非常に重要なテーマとなっています。

 KNXのメンバーは「KNX Secure」(KNXセキュア)と呼ばれるセキュリティに関する議論をKNX内部で始めていましたが、2010年にはこのKNX SecureがKNXの一部になりました。また2015年には、アプリケーションがビル間における通信を保証する、初めてのKNX Secureの認証を受けた機器が登場する予定です。

江崎:とても興味深いことですね。なぜなら、ビル管理の関係者の中にはセキュリティに関心をもっていない人が多くいるからです。また、彼らは実際の製品で、そのような大がかりな実装をしたくないとも思っています。そういった中で、KNX協会としては来年にはビルにおけるセキュリティ保証されたKNX製品を実際に市場に投入するのですね。

Lux:製品だけでなくツールも提供します。それによって、機器が制御しやすくなり、ビル同士間の通信のやり取りもより安全になります。

江崎:これは、非常に重要なことだと思います。なぜなら、ここ数年で、サイバーセキュリティや重要なインフラにおけるサイバー攻撃についての議論が盛んになってきています。たしか5年前にシーメンスのファクトリーオートメーション製品がたった1つのUSBメモリにハッキングされました。それ以降、多くの人が設備管理においてセキュリティは重要だと考えるようになったのです。

Lux:そのとおりです。そして、そのような取り組みの開始がKNXでは遅くはなかったということだと思っています。

江崎:そうですね。セキュリティの議論というのは技術的な観点からも非常に重要ですが、コミュニティを作っていくという観点からも重要なものです。

 GUTPでは、東京大学工学部2号館にIEEE 1888によるシステムを構築した経験から、ファシリティシステムへのセキュリティ機能の導入を推進することの重要性を認識し、同規格の拡張機能としてファシリティ設備に関する認証機能を定義したIEEE 1888.3注4の標準化を行いました。このIEEE 1888.3のプロジェクトを立ち上げたのが2011年6月のことでした。

 そのような取り組みをKNXでは2008年からすでに行っていたのですから。これまでに実用的なソリューションを市場に投入する取り組みを行ってきて、今では実際にビジネスでも利用できるようになっている。そのうえで、KNXではセキュリティが必要だということにも気づいているという点がすばらしいことです。

KNXを利用した実践的プロジェクト「KNXシティ」

江崎:さて、KNXシティ、あるいはKNXを使ったスマートシティについて説明していただけますか。

Lux:私たちがKNXでビルディングオートメーションの取り組みを始めた理由は、都市にあるビルのエネルギー効率が良くなかったからです。KNXを利用してビル全体を制御すれば、40〜60%のエネルギー効率化を実現できます。この数値は大学による中立的な調査結果を元にしたもので、彼らはKNXを利用すればエネルギー効率化は実現できると結論付けているのです。

 しかし、より多くのエネルギーを削減するためには、複数のビル間の取り組みを行わなくてはなりません。つまり、ビル間でエネルギー消費についての情報交換をしたり、再生可能エネルギーを使っている場合には、ビル間、あるいは都市全体での発電状況についての情報交換をしたりするということです。ご存じのように、再生可能エネルギーは気候変動による影響を受けるため、常に(安定的に)利用できるわけではありません。

 この再生可能エネルギーを活用するためには、ビル間で互いにより多くの情報交換をする必要があります。

 実はKNX機器は、1990年当初からエネルギー消費を計測する機能をもっていました。つまり、KNX機器を利用しているエネルギー利用者は皆、エネルギー消費情報を共有することができたのです。また、機器のオン/オフの制御なども簡単に行うことができます。これがいわゆる「KNXシティ構想」なのです(図2)。ビジョンではありません。KNXシティというのは、KNX機器が利用できていれば実現できるものとして存在していたのです。KNXプロトコルを利用すれば、ビルは互いに情報を交換しやすくなるということなのです。

図2 ビルオートメーションからKNXシティへ

図2 ビルオートメーションからKNXシティへ

〔出所 KNX Association International〕

 このように、KNXを利用すれば、ビル間のデマンドレスポンス(電力の需給制御)も簡単に実現できるようになり、将来は、ビル間の再生可能エネルギー活用に活かすことができます。

江崎:KNXを利用して都市を運用するというのは、実践的なプロジェクトなのですね。プロジェクトの具体例はありますか?

Lux:例として、ドイツで行われているプロジェクトがあります。その一角にある「企業」が、多くの家や集合住宅を所有している地域があります。そこでは、その企業は、その地域の中で再生可能エネルギー設備を保有しており、そこで発電したエネルギーを集合住宅間、あるいはビル間で共有しています。その地域では、再生可能エネルギーによる発電量が少ない場合は電力料金が高いこと、また朝や昼間などの発電時間帯では料金が安いことを、皆が知っています。そして、エネルギー管理が自動で行われています。

 つまり、さまざまな機器のオン/オフが自動で行われます。また、自分で制御したければ手動で行うこともできます。実際に、この仕組みは非常にうまく機能しています。

江崎:どこの都市で行っているのですか。

Lux:ドイツのハイデルベルクです。その地域にはたぶん500人くらいが暮らしていると思います。住宅の数はわかりませんが、おそらく100から200くらいはあるのではないかと思います。


▼ 注4
IEEE 1888では、IEEE 1888.3(UGCCNet Security)として、2011年6月にプロジェクトが立ち上げられ、2013年5月にIEEEの承認基準をクリアして、その後、同年10月のIEEE 標準策定委員会のボード会議で正式に承認された。

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