[特別レポート]

日本の「水素基本戦略」と国際的な「水素協議会」のロードマップ

― パリ協定実現に向けたFCVの大量導入と水素発電への移行 ―
2018/03/19
(月)
インプレスSmartGridニューズレター編集部

水素基本戦略の具体的なロードマップ

 次に、図2を見ながら、政府が想定する水素基本戦略の具体的なロードマップを見てみよう。

図2 水素基本戦略で政府が想定するロードマップ

図2 水素基本戦略で政府が想定するロードマップ

出所 経済産業省 資源エネルギー庁

〔1〕水素発電で、水素消費量を引き上げる

 まず、水素基本戦略では、水素の消費量を大幅に引き上げ、量産体制によって調達単価引き下げを狙っている。現在、日本でエネルギーとして流通している水素の量は年間でおよそ200トン(0.02万t)。これを2020年には4,000トン(0.4万t)、2030年には30万トンに引き上げ、商用流通網を整備する。

 水素消費量を引き上げるために政府が期待しているのが、水素を燃料として利用する「水素発電」だ。まずは、既存の火力発電所でLNGとの混焼を開始し、将来は水素のみを燃料とする火力発電の実現を目指す。しかし、LNGと水素を混焼すると窒素酸化物(NOx)が発生する、あるいは発電効率が低下するという課題もある。この点は技術開発を推進し、新たな燃焼技術を早期に実用化することを目指している。

 例えば、図3に示すように、火力発電などに利用される石油・液化天然ガス(LNG)などの化石燃料を、水素に代替することによって、エネルギー源の多様化やエネルギーセキュリティの向上を目指す。同時に、水素発電やFCV(燃料電池自動車)や、産業分野における水素利用(熱、プロセス)によるエネルギー利用の低炭素化を実現する。

図3 水素エネルギー利用によるエネルギー構造の変革とエネルギー政策上の位置づけ

図3 水素エネルギー利用によるエネルギー構造の変革とエネルギー政策上の位置づけ

出所 https://www.iges.or.jp/files/research/climate-energy/PDF/cop23/20171220/3_METI.pdf

〔2〕発電コストを下げ、2030年に水素発電を商用化へ

 また、水素基本戦略では2030年に水素発電を商用化し、発電コストを1kWh当たり17円とすることを目指す。2030年に30万トンの水素を調達し、そのすべてを水素発電で使用すると、発電能力は1GW(100万kW:大型火力発電1基分)ほどに相当するという。そして、2050年を目処に水素発電の発電コストをLNG火力発電と同等まで引き下げ、コスト競争力がある電源とすることを目指している。その頃には、年間の水素調達量は500〜1,000万トンほどに達すると予測されている。

 現在、水素ステーションで水素を購入すると、1Nm3注3当たりの単価が100円程度になるが、水素発電を実用化し、調達量を急増させる2030年頃には単価を30円程度まで引き下げる。さらに、2050年頃には20円程度まで下げることを目指している。

〔3〕再エネで発電した電力で水素を生成

 水素の調達方法については、海外からの輸入と国内での生産を想定している。国内では、再生可能エネルギー(以下、再エネ)で発電した電力を利用して水素を生成する。出力制限がかかって、再エネ電力を電力系統に流せないような場合でも、その電力を水素生成に活用すれば有効活用できる。政府は、気候によって左右される不安定な再エネ電力の出力吸収の手段としても、水素生成が有望と考えており、国内での水素生産量が増加すれば再エネを活用した発電設備のさらなる普及も期待できる。

〔4〕「褐炭」から水素を生成する手法を開発

 海外からの輸入分については、再エネの発電コストが極端に低下した国で、その電力を活用して水素を生成して輸入する手法を想定している。そして、2050年を見据えた将来に向けて、「褐炭」から水素を生成する手法の開発を目指す。褐炭は埋蔵量も多く採掘コストも安いが、石炭の中でも最も低品質注4で使い道が少ない。この褐炭からガス化技術を活用して水素を生成する技術が注目されている。

 ただし、褐炭はガス化する際にCO2を発生させるため、水素を生成する技術の開発だけでなく、CO2回収・貯留(CCS:Carbon dioxide Capture and Storage)に適した土地の確保が必要となる。CCSが可能な土地は、地球上でも特定の地域に偏在しており、現時点では地質が安定している北米、北ヨーロッパ、東アジア、オーストラリアに集中しているといわれている。

 現在、日本は、オーストラリアと共同で液化水素サプライチェーン構築実証に取り組んでいる。この事業では、オーストラリアで褐炭を採掘し、現地で水素を生成、冷却して気化し、輸送船で日本に運ぶルートの確立を目指しており、褐炭からの水素生成技術と、CCSでCO2排出を抑える技術を確立する予定だ。

〔5〕水素ステーション:2030年には900カ所へ

 水素の調達単価が下がり、国内での本格的な流通が始まれば、FCVやフォークリフトなどの車両での水素活用も進めやすくなる。現在、日本国内には100カ所ほどの水素ステーションがあるが、水素基本戦略ではこの数を2020年には160カ所、2025年には320カ所、2030年には900カ所に増加させていく計画である。2050年には水素ステーション運営で得られる収益が上昇し、ガソリンスタンドを代替していくと期待されている。

〔6〕FCVの普及台数:現在2,000台から2030年に80万台へ

 水素ステーションの整備が進めば、これと歩調を合わせるようにFCVの登録台数も増加していく。現在、日本におけるFCVの登録台数は2,000台程度(2017年末)であるが、2020年には4万台に増えると見込まれている。燃料電池バスは現在の2台から2020年には100台、2030年には1,200台とし、燃料電池フォークリフトは40台から、2020年には500台、2030年には1万台と、水素を燃料とする車両を着実に増加させる計画となっている。そして、2050年頃には、ガソリン車からFCVへの転換が進むと期待されている(同時にEVの普及も進む)。

 以上見てきたように、水素エネルギーは、エネルギーセキュリティとパリ協定の目標達成(気温上昇を2℃以下に抑える)に向けて大きく期待されるエネルギーの1つであり、水素基本戦略で掲げた各種施策が速やかに実行されることが望まれる。


▼ 注3
Nm3:ノルマルリューベ。N(Normal)はノルマル(ノーマル、標準)、m3はリューベ(立方メートル)の略で、標準(基準)状態のガス量(あるいは空気量)の単位。1Nm3とは、標準状態(0℃、1気圧)に換算した1m3のガス量を表す(圧力・温度・湿度によって空気量が変化するため)。

▼ 注4
褐炭(かったん。低品位炭):石炭の中でも石炭化度が低く、水分や 不純物の多い、最も低品質なもの。ドイツでは、褐炭発電所は大気汚染や二酸化炭素排出量も増加させるとの懸念も強いため、褐炭火力発電の削減に乗り出している。

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