焦点となった排出削減量ギャップとパリ協定第6条の市場メカニズム
ここでは、COP25で焦点となった2つの課題について、その概要を見ていく。
〔1〕厳しい現状の目標と排出削減量のギャップ
IGESの気候変動とエネルギー領域/ディレクターである田村 堅太郎氏は、「IPCC 1.5℃特別レポート」(2018年)および「UNEPギャップレポート 2019」(2019年)などの科学的に分析された報告書を受けて、現状の排出削減量の不足を指摘した。
排出削減量(ほぼCO2排出量)は、2018年は53.5ギガトン(53.5GtCO2)となり、その観測史上、最高値(平均値は約42ギガトン)となった。
前述した「UNP排出ギャップレポート2019」(2019年11月、図3)によれば、現行の各国・地域からすでに提出されている国別のNDC(削減目標)を実現しても、なお表2に示す量が不足しており、最大32ギガトンのギャップが生じている。
図3 異なるシナリオ下における地球全体の室温効果ガス(GHG)排出量と2030年までの排出ギャップ〔単位:GtCO2e(ギガトンCO2換算)〕
出所 (原典)United Nations Environment Programme (2019), Emissions Gap Report 2019, UNEP, Nairobi
UNEP(国連環境計画)「排出ギャップ報告書 2019~エグゼクティブ・サマリ~」、2019年11月〔日本語版翻訳:公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)〕
表2 現行の国別削減目標(NDC)と2℃/1.5℃目標達成に求められる排出削減量のギャップ
出所 田村堅太郎「COP25結果報告:各国の野心引き上げ及び非国家主体の動向」、IGES COP25報告セミナー、2019年12月23日
このため、田村氏は「現行のNDC達成にとどまった場合、1.5℃目標の達成は困難になる。さらに、このギャップを埋めるためには、2020年に各国がNDCをどこまで引き上げられるかどうかが、カギとなっている」と述べた。
〔2〕市場メカニズム(パリ協定第6条)、再度合意できず
さらに同 気候変動とエネルギー領域/プログラムマネージャの高橋 健太郎氏から
は、COP24に続いてCOP25でも焦点となった、パリ協定第6条(市場メカニズム)注13に関する報告があった。
排出削減量の目標達成に向けた厳しいギャップがある環境で、パリ協定第6条
(表3)に関する市場メカニズム(排出量に関する二重計上問題、後述)の市場ルールをめぐり、先進国と途上国などとの間で意見が対立し最終合意に達しなかった。そのため、次回開催のCOP26(2020年11月、英国・グラスゴー)で再協議されることになった。
表3 パリ協定6条(Article 6)の3つの仕組み(メカニズム)
JCM:Joint Crediting Mechanism、2国間クレジット制度 CDM:Clean Development Mechanism
出所 WWF ジャパン ⼭岸 尚之「COP25 におけるパリ協定のルール作り:パリ協定6条を中⼼に」、2019年11⽉25⽇
この第6条の市場メカニズムは、1997年12月のCOP3で採択された京都議定書の時代からの歴史もあり、各国の思惑も絡んで、複雑な経緯がある。簡単にいうと、2カ国以上の国が協力し合って、温室効果ガスの排出量(排出クレジット)の削減を行う際に、排出量を二重計上(ダブルカウント)しないよう防止する仕組みである(表4)。
表4 市場メカニズムの例:排出量の「二重計上なしの場合」と「二重計上認めた場合」の比較
相当調整(Corresponding Adjustment):上記の例では、30トンの削減量をすべてB国のみの削減量にし、A国はゼロとした。しかし、30トンの削減分を2国間で調整し、B国は20トン、A国は10トンと割り振ることも可能だ。これを相当調整という。
出所 各種資料から編集部作成
IGESの高橋氏は、「パリ協定6条が、COP24に続きCOP25において、二度も合意に至らず先送りとなったことを考えると、パリ協定の実現に不安を抱く方もおられるでしょう。しかし、2020年1月から実行段階に入るパリ協定は、COP24で100ページを超える詳細な全体の実施指針が採択されているため、国同士の排出量(排出クレジット)の取引に関する6条が(当然合意されていることは重要であるが)決まらなくても、当面、運用上は大きな支障がない。むしろ、妥協して二重計上できるような抜け道のあるルールが決定されてしまうほうが危険であるといえる」と述べた。
〔3〕2カ国間のダブルカウントと防止方法
さらに高橋氏は、図4をもとに、2021〜2030年の10年間における、A国とB国2カ国間の実際の温室効果ガス排出量の合計が2,000万トンのケースを挙げて、ダブルカウントとその防止方法についての論点を整理した。
図4 市場メカニズムにおける二重計上ダブルカウントとその防止方法
CDM:Clean Development Mechanism、クリーン開発メカニズム。先進国が、発展途上国が実施するCO2排出量削減への取組を、資金や技術で支援し、達成した排出量削減分(クレジット)を両国で分配できる制度。京都議定書第12条に規定されている。
出所 高橋健太郎「COP25結果報告:パリルールブック パリ協定第6条」、IGES COP25報告セミナー、2019年12月23日
さらに、今後、先送りされた6条の交渉については、2020年6月1日〜10日に協議を行い、COP26での合意を目指していくことなども報告された。
▼ 注13
パリ協定第6条:6 条(6.1項〜6.9項で構成)では、2カ国以上の国が協力して温室効果ガス排出量を削減する仕組みとして、3つの仕組みの導入が決まっている。国連交渉では、単に「6条2項」(協力的アプローチ)、「6条4項」(メカニズム)、「6条8項」(非市場アプローチ)と呼ばれたりしているが、ここでは、一般的に使われている「市場メカニズム」という用語を使用する。すなわち、市場メカニズムとは、他国への技術支援によって削減した排出量をクレジット(これを排出権という)化して、自国の削減量に計上する仕組みのこと。
・パリ協定全文⇒PARIS AGREEMENT(仮訳文)パリ協定(環境省)