[特集]

次世代型の気候変動対策と新型コロナ・パンデミック対策

― 環境重視の「日本版グリーンディール」の導入を ―
2020/06/05
(金)
インプレスSmartGridニューズレター編集部

経済不況からの脱却:クリーンエネルギーへの転換を

〔1〕脱炭素社会への移行とSDGsの視点が必要

 現在、新型コロナによる経済不況からの脱却を目指して、各国では、化石燃料集約型産業への支援や建設事業の拡大など、化石燃料による従来型の経済復興策が考えられている。しかし、これは短期的な経済回復には寄与するものの、長期的には、パリ協定が目指す脱炭素社会への転換や産業の構造的変化は望めない。

 したがって、新しい経済復興策を実施する場合には、同時に脱炭素社会への移行や、貧困・飢餓をなくし、すべての人に健康と福祉を目指すSDGs(国連の持続可能な17の開発目標)の実現に寄与する視点が重要となる。

 具体的には、再エネ事業・省エネ事業など低炭素事業への雇用の拡大、再エネの活用、テレワークなどの新たなライフスタイルやワークスタイルの導入が求められる。

 一方、これまで進められてきた歯止めがきかない貿易や資本の自由化、グローバルなサプライチェーンなどの経済のグローバル化については、気候変動や感染症のパンデミックを起こすなど、国際社会の持続可能性に影響を与えるため、世界各国・地域社会のレジリエンス(耐性)を高める観点から見直す必要がある。

〔2〕石炭火力発電を削減しエネルギー転換を

 また、新型コロナ禍に伴って企業活動の停滞が余儀なくされているところから、エネルギー需要が減少している。そこで、これを契機に、CO2排出量の多い石炭火力発電所を削減して大気汚染やCO2排出量を軽減するなど、エネルギー転換を推進することが可能となる。

 最近の新しい動きとしては、海外の動きに続いて、日本でも銀行等が、今後、石炭火力への投資を行わないなどの発表も相次いでいる。

 例えば、みずほフィナンシャルグループ(みずほFG)は、2020年4月15日、大量のCO2を排出する石炭火力発電所に対して、「気候変動リスクへの対応強化の観点から、石炭火力発電所の新規建設を資金使途とするファイナンス(融資)を行わない」という方針を発表した。

 その目標は、『「環境・社会に配慮した投融資の取り組み方針」に基づく石炭火力発電所向け与信残高(融資残高)の削減目標を2030年度までに2019年度(2019年度末残高は約3,000億円の見込み)比50%に削減し、2050年度までに残高ゼロとする』とした注6

 また、三井住友フィナンシャルグループ(SMBCグループ)も、2020年4月16日、「新設の石炭火力発電所への支援は原則として実行しない」と発表している注7

 このように、石炭火力発電所への投資削減は、加速してきている。

〔3〕新型コロナ禍収束後は再エネ導入の推進を

 一方、新型コロナ禍収束後には、産業復興に伴いエネルギー需要の増加が見込まれるが、このことは再エネで賄うチャンスでもある。再エネ導入の高い目標設定を行い、再エネの普及を妨げている制度を整備することによって、更なる再エネのコスト低下と普及の拡大が期待できる。

 例えば、クルマの場合、自動運転車(最終的には無人運転)と電動化(EV/PHEV)を組み合わせることによって、気候変動対策とコロナ対策に同時に寄与できる。すなわちEV/PHEVを、効率的かつ汚染のない再エネを利用して充電して駆動させ、同時にコロナ感染リスクの少ない無人運転車という移動手段の開発の可能性がある。

 このような取り組みを推進するには、本格的にカーボンプライシング注8などを導入する等、政策や制度面からの強化も重要である。


▼ 注6
https://www.mizuho-fg.co.jp/release/20200415release_jp.html
https://www.mizuho-fg.co.jp/release/pdf/20200415release_jp.pdf

▼ 注7
https://www.smbc.co.jp/news/j602058_01.html

▼ 注8
カーボンプライシング(Carbon Pricing):炭素の排出量に価格付けを行うこと。炭素価格が表示される「カーボンプライシング施策」には、「排出量取引」と「炭素税」がある。炭素税は二酸化炭素に課税することによって、二酸化炭素を排出する化石燃料の価格を人為的に上昇させて、その消費量を削減する政策。炭素税は、2015年12月のCOP21でに採択されたパリ協定の合意に伴い、注目されるようになった。

新たな成長戦略「欧州グリーンディール」(EGD)

写真2 新EC委員長に就任したフォン・デア・ライエン(Ursula Gertrud von der Leyen)氏

写真2 新EC委員長に就任したフォン・デア・ライエン(Ursula Gertrud von der Leyen)氏

出所 松下 和夫、「気候変動問題と新型コロナウイルス」、IGESプレスセミナー、2020年4月23日

〔1〕欧州における新体制下で発表

 英国がEU(欧州連合)を正式に離脱注9するなど、緊迫した局面を迎えているEUは、ミシェルEU新大統領(欧州理事会常任議長。Mr.Jean Ghislaine Michel、前ベルギー首相)の下に新体制が、2019年12月1日に発足した。同時に、EUの執行機関であるEC(欧州委員会)では、初の女性委員長フォン・デア・ライエン氏(Ursula von der Leyen、前ドイツ国防相)注10が就任した(写真2)。

 就任直後の2019年12月19日には、ライエン氏は、世界を先導する新たな成長戦略「欧州グリーンディール」(EGD:European Green Deal)構想を発表した。今後10年超で、1兆ユーロ(約115兆円)を投資する計画である。

〔2〕欧州グリーンディールの全体像

 欧州グリーンディールは、次のような内容を推進する。

  1. 2050年に、EUにおけるCO2排出を実質ゼロにすることを目指して、世界初の「気候中立な大陸」注11(いわゆるネットゼロ排出の欧州大陸)という目標を掲げた。この環境政策の全体像と主要な実施項目を、図5と表3に示す。
  2. 2030年の温室効果ガスの排出削減目標を、当面、現行計画の40%削減(1990年比)から50〜55%削減へ引き上げる。
  3. 欧州グリーンディールは、EUの新成長戦略と目標達成に向けたロードマップ(行程表)注12を示しているが、全政策分野で意欲的な政策が盛り込まれている。例えば、①2050年までに気候中立の実現を目指す公約を法制化する「欧州気候法」の制定(法案を2020年3月4日に発表)注13、②対象産業・投資額やその実現手段の提示、③具体的行動として、気候変動への適応戦略をはじめ炭素国境調整税注14、EU/ETSの改正注15、土地利用・森林規制などのほか、洋上風力発電戦略、再生可能エネルギー指令、スマートセクター統合の戦略、持続可能でスマートなモビリティのための戦略、などが明示されている。

図5 欧州グリーンディール(EGD)の全体像

図5 欧州グリーンディール(EGD)の全体像

出所 欧州連合日本政府代表部「EU情勢概要」、2020年2月原典

表3 欧州グリーンディール(EGD)を実現する主要項目

表3 欧州グリーンディール(EGD)を実現する主要項目

原典
※気候の中立性:EU大陸から温室効果ガス排出量を実質ゼロにすること。
出所 松下 和夫、「気候変動問題と新型コロナウイルス」、IGESプレスセミナー(2020年4月23日)をもとに編集部で作成

 新たにEC委員長に就任したライエン氏は、「経済や生産・消費活動を地球と調和させ、人々のために機能させることによって、温室効果ガス排出量の削減に努める一方、雇用創出とイノベーションを促進する」ことを強調した。

 また、EUは、新型コロナによる景気後退にもかかわらず、欧州グリーンディールを堅持し、推進することを確認している。

〔3〕韓国は、アジア初の「韓国版グリーンニューディール」

 EU以外では、例えば韓国では2020年4月15日に行われた総選挙の結果、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持母体である与党「共に民主党」が勝利したが、その選挙戦で「韓国版グリーンニューディール」がマニフェスト(選挙公約)として掲げられた。

 これは、2050年に炭素中立(CO2排出量正味ゼロ)を明確にしたアジア初の計画注16として注目されている。韓国は、このほか炭素税の導入や、国内および海外の石炭プロジェクト融資への段階的廃止注17、再エネへの大規模投資などを推進している。

 また、米国バイデン大統領候補(2020年11月大統領選挙予定)の気候変動に関する政策は、欧州のグリーンディールに近い政策を掲げている。


▼ 注9
EU加盟国27か国(英国を除く)のうち、2020年1月に英国がEUを離脱。2020年末までは移行期間で、2021年1月に正式に離脱する。

▼ 注10
フォン・デア・ライエン氏:第13代欧州委員会委員長。2019年7月16日に欧州議会で承認され、欧州委員会の新体制は2019年12月1日に発足。任期は5年。2013年の第3次メルケル内閣、2018年の第4次メルケル内閣で国防大臣に留任。ドイツ初の女性の国防大臣。1991年に医学博士号を取得。

▼ 注11
気候中立な大陸(Climate-neutral Continent)。EU大陸からの温室効果ガスの排出を実質ゼロにするという目標。

▼ 注12
https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/european-green-deal-communication-annex-roadmap_en.pdf
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:52019DC0640&from=EN

▼ 注13
Committing to climate-neutrality by 2050: Commission proposes European Climate Law and consults on the European Climate Pact

▼ 注14
炭素国境調整税:Carbon Border Adjustment Mechanism。国境炭素税ともいわれる。EUと同等レベルの温室効果ガス(CO2)の排出規制を課していない国や地域との貿易について、EUの輸入品に対して関税として炭素税を課そうという提案。温室効果ガス排出規制に熱心に取り組んでいない国の温暖化対策(排出規制)を促進することなどが期待される。

▼ 注15
EU/ETS:European Union/Emission Trading Scheme、EU域内のCO2排出量取引制度。

▼ 注16
https://www.eco-business.com/news/in-east-asian-first-south-korea-announces-ambitions-to-reach-net-zero-by-2050/

▼ 注17
韓国は、世界第7位の炭素排出国であり、石炭は国のエネルギー構成の約40%を占めている。韓国には現在、国内の温室効果ガス排出量の3分の1を占める60基の石炭火力発電所が稼働しており、さらに7基が建設中である。韓国は気候変動に取り組むため、2029年までに石炭を段階的に廃止する計画を発表している。

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