[スペシャルインタビュー]

IEC TC 8 SC 8C初代議長・早稲田大学 教授 石井 英雄 氏に聞く!次世代電力供給システムの国際標準化組織「IEC TC 8 SC 8C」がスタート!

― 需要家側リソース(DSR)を含む総合的なネットワーク管理を ―
2021/02/01
(月)
石井 英雄

初代議長就任と「5Dと4Lへの挑戦」

〔1〕IECのTC 8 SC 8C議長就任の経緯

─編集部 新しい電力供給システムが登場してきた中で、石井先生が今回、IECのTC 8 SC 8C(表1)の初代議長に就任された経緯を教えてください。

表1 IECおよび TC 8 SC 8Cのプロフィール

表1 IECおよび TC 8 SC 8Cのプロフィール

IEC-APC:IEC Activities Promotion Committee of Japan、IEC活動推進会議
TC:Technical Committee、専門委員会
SC:Subcommittee、分科会
出所 IEC 活動推進会議(IEC-APC)「IEC 事業概要-2020年版-」、一般財団法人 日本規格協会、2020年5月1日等をもとに編集部で作成

石井 図2に示すIECの『MSBホワイトペーパー』(2018年10月発行、全82ページ)」をご覧ください注4

図2 電力業界は新たに「5D」および「4L」の効果的な管理が求められている

図2 電力業界は新たに「5D」および「4L」の効果的な管理が求められている

※IECのホワイトペーパーは、東京電力会社(TEPCO)とプロジェクトパートナーのGridOptimize(北米)の協力を得て、IEC市場戦略委員会(MSB)のネットワーク運用プロジェクトチームによって作成された。このほか、Huawei Technologies、FZSONICK SA、早稲田大学、Toshiba Energy Systems&Solutions、およびSGCC〔State Grid Corporation of China、中国国家電網公司(国営の電力配送会社)〕等からの支援も受けている。
出所 石井英雄「TC 8 SC 8A/8B/8C Future Activity」、ACTAD Workshop、2020年5月26日、および以下のURL

 このホワイトペーパーは、今回、私がIECのTC 8 SC 8C議長として取り組むきっかけになったもので、東京電力が中心になって国際的な協力を得て編さんし発行したものです。私も執筆に参加しました。

〔2〕「5つのD」:社会的・技術的なトレンド

─編集部 ホワイトペーパーの核心部分はどこでしょうか?

石井 このホワイトペーパーは、IECで電力供給システムの標準化を担当しているTC 8(第8専門委員会)注5において、電力系統の運用者(システムオペレーター)の立場から、新しい電力供給システムが果たすべき役割を、再度今日の状況に合わせて見直し、明確化しようという目的からまとめられました。

 現在起こっている社会的・技術的なトレンドを、図2に示すように、「脱炭素化」「分散化」「自由化」「民主化」「デジタル化」という「5つの変化(5D)」としました。このうち日本では、「民主化」(Democratization)の部分を「人口減少」(Depopulation)とし表現する考え方が提唱されていますが、世界的には人口は増え続けていることから、これは含めず、Democratization(民主化)が取り入れられています。

─編集部 「民主化」とはどのような意味でしょうか。

石井 従来の電力供給システムは、電力会社が保有する大規模発電所や変電所などの設備が主体となって計画的に構築されていました。しかし今日では、太陽光発電、蓄電池、EVなど、一般家庭にも分散電源が続々と導入・設置され、これらが電力系統にも接続されるようになってきました。

 特に、需要家側の分散電源に関しては、電力会社が必要だから導入されるのではなく、需要家が自らの必要性で導入・設置するものです。このような、あらゆる需要家の分散電源が電力系統に接続され、運用される動きなどを含め、「民主化」というようになりました。

─編集部 民主化が進むと、電力システムの運用が難しくなるのではないでしょうか。

石井 そうです。例えば日本では、電力会社側では、従来は電気の流れを自社(旧10電力会社の中央給電指令所注6)で制御していました。しかし、電力システム改革によって、

  1. 電力の小売および発電の全面自由化(2016年4月)
  2. 旧10電力会社の送配電部門の法的分離(2020年4月)

などが実施され、2020年4月には、「一般送配電事業者」(旧10電力会社の送配電部門を分離して別会社化)が誕生し、系統を運用する事業者となりました。

 一般送配電事業者は、電力系統を使う旧電力事業者や小売電気事業者(新電力)、プロシューマー注7などのあらゆる電源設備を、対等かつ中立的に接続できるように扱いなさいということなのです。このため、系統運用する立場からすると、とても大変な時代がやってきたのです。その課題をまとめたのが、図2右に示す、4つの「L」への挑戦(4L)です。

〔3〕「4L」への挑戦:限界をなくす

─編集部 4つの「L」への挑戦とは、どのような内容ですか。

石井 図2右に示すように、すべて「L」(Limited:限られた、限界がある)で始まるので、4つの「L」への挑戦としています。

  1. Limited Visibility(見えない)
    系統を運用する一般送配電事業者からすると、需要家にどのような分散電源が導入・設置されているかわからない、すなわち「見えない」。
  2. Limited Predictability(予測できない)
    再エネが増えてくると、どのくらい発電してくれるのか、すなわち「予測できない」(予測するけど限界がある)。
  3. Limited Control(制御できない)
    九州電力などでは再エネ(太陽光発電)の抑制を行い、再エネの接続を少しずつ制御できるようにしているという例はあるが、基本的に分散電源(再エネ)は「制御できない」。
  4. Limited Coordination(協調できない)
    一般送配電事業者は、従来の旧電力会社が需給計画を立てて必要な場所に必要な電源を導入・設置するようにはできなくなり、需要家側は一般送配電事業者の意向とは関係なく、自身が導入したい場所・時期に電源を設置することができる。すなわち、基本的に一般送配電事業者と「協調することなく」分散電源が設置される。

 以上のような背景から、今後、電力系統全体をうまく運用していくのは本当に大変なことになります。それに向けた「挑戦」なのです。

─編集部 このことは日本特有の問題点なのでしょうか?

石井 そうではありません。欧米では先行してこうした事態が顕在化しており、さらに、世界でパリ協定の実現(カーボンニュートラル)に向けてCO2ガス排出量ゼロへの取り組みが推進され、メガソーラーや洋上風力発電など、再エネの導入・設置が活発化しているため、世界的な課題と認識されるのです。

 このため今後、電力系統を安定的に運用する世界の送電系統運用者(TSO)注8にとって「4Lへの挑戦」は、重要な共通課題となってきたのです。

─編集部 なるほど。課題がどのように解決されるのか、電力の供給者だけでなく需要家にとっても重要なことなのですね。


▼ 注4
正式タイトルは、“Stable grid operations in a future of distributed electric power”(分散型電力システムの将来における安定したグリッドの運用)。MSBはMarket Strategy Boardの略で、「IECの市場戦略評議会」のこと(後出の図3参照)。

▼ 注5
TC 8:現在IECには、2021年1月現在、「TC 125」までの専門委員会が活動しており、TC 8がいかに歴史のある委員会であるかがわかる(注:すでに解散しているもものあるので現在は計109のTCが活動している)。
https://www.iec.ch/dyn/www/f?p=103:6:11345900348212::::FSP_DISB,FSP_LANG_ID:NO,25
https://www.iec.ch/technical-committees-and-subcommittees#tcfacts

▼ 注6
中央給電指令所:旧10電力会社が、自社の電力系統全体を把握してその運用方針を決め、時々刻々変化する電力需要に対して安定供給するため、主に電力の需給調整や、電力会社間の連携業務を行う指令所のこと。

▼ 注7
プロシューマー:Prosumer。Producer(生産者)+Consumer(消費者)の合成語。ここでは、エネルギーの生産者(太陽光の発電者)であり、同時にエネルギーの消費者でもあることを意味している。

▼ 注8
TSO:Transmission System Operator、送電系統運用者。日本では前述した「一般送配電事業者」がこれに該当する。

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