[クローズアップ]

ブロックチェーン技術は再エネトラッキング、電力証書発行・取引に有効か?

2022/01/09
(日)
大串 康彦 米国LO3 Energy Inc. 事業開発ディレクター(日本担当)

ブロックチェーン技術の再エネトラッキング、証書発行・取引への応用事例

 2017年以降、ブロックチェーン技術を再エネトラッキング、電力証書発行・取引に応用される事例が確認されている。2021年8月までに確認された主な事例を、実証実験を含め、表1に示す。このうち、4つの海外事例は、グローバルな業界団体「Energy Web Foundation」注17が提供するソフトウェアツールキット「EW Origin」を使用している注18。これらの事例は、次の2つに分類される。

A.あらかじめ指定された需要家施設の電力消費に対する再エネトラッキングのみを提供するもの

B.あらかじめ需要家や電力消費設備を紐づけることなく、電気から分離した電力証書を発行し、その後取引するもの

 「A.」に該当する事例の主要実施組織は、みんな電力(現UPDATER)、デジタルグリッドで、「B.」に該当する事例の主要実施組織は、PTT(タイ)、SP Group(シンガポール)、PJM-EIS(米国)である。engie(エンジー。フランス)は明確でないが、「A.」に分類されると推測する。

表1 ブロックチェーン技術の再エネトラッキング・電力証書取引への応用事例

表1 ブロックチェーン技術の再エネトラッキング・電力証書取引への応用事例

※1 みんな電力株式会社(現UPDATER);(アクセス日:2021.09.04)
※2 デジタルグリッド株式会社;(アクセス日:2021.09.04)
※3 PTT Public Company Limited; News;(アクセス日:2021.09.04)
※4 SP Group; Renewable Energy Certificate Marketplace;(アクセス日:2021.09.04)
※5 The Energy Origin;(アクセス日:2021.09.04)
※6 Energy Web Foundation; Articles;(アクセス日:2021.09.04)
出所 一般社団法人 エネルギー・資源学会、会誌「エネルギー・資源」 2021年11月号 Vol.42 No.6、
特集 「エネルギー分野におけるデジタル技術活用①(供給サイド)」より

ブロックチェーン技術が応用される領域

 ここでは、ブロックチェーン技術が応用される領域、またブロックチェーン技術を適用した場合に既存の制度とどのように整合しうるか、について考察する。

〔1〕再エネトラッキング、証書発行・取引へのプロセスとブロックチェーン技術の適用

 再エネトラッキングおよび電力証書発行・取引の一般的なプロセスを、図3に示す。なお、ここに含まれるブロックチェーン技術の応用は、特に明記していないものに関しては、筆者が仮定したものである。

図3 再エネトラッキング、電力証書発行・取引のプロセス

図3 再エネトラッキング、電力証書発行・取引のプロセス

出所 出所 一般社団法人 エネルギー・資源学会、会誌「エネルギー・資源」 2021年11月号 Vol.42 No.6、特集 「エネルギー分野におけるデジタル技術活用①(供給サイド)」より

(1)設備認定・発電量認証(図3のA、Bに共通のプロセス)

 まず、発電設備の登録(図3の❶)が必要である。

 この登録の目的は、証書運用・管理機関が申請通りに発電所が確かに存在することを確認し、以後取得する発電量データの基となる発電能力を確認することである。この確認は、各種許認可書類や仕様書など技術書類の審査および現地設備の確認などによって行われ、人間の判断によって達成される。ブロックチェーン技術の適用によって、審査・確認作業の効率化は期待できない。

 発電量データの扱いも含めて、ブロックチェーン技術を応用するメリットは、審査者(証書運用・管理機関)、被審査者(証書発行者・発電事業者)、確認を行う認証機関(証書運用・管理機関とは別に存在する場合)がそれぞれ独立して、提供したデータを相互チェックをすることで、それを検証する者(ステークホルダーおよび証書の利用者など)が高い信頼を得られることである。

 次に、登録された設備の計器で測定された発電量を認証する(図3の❷)。

 ここでの「認証」とは、発電所が発電を行ったことを証明することである。ここでは、発電量データはあらかじめ登録された計器および通信・ITシステムを通じて、自動的に収集されると仮定する。

 ブロックチェーン技術は、発電量データがその発電が行われた発電所由来のものであるという主張(発電源の由来証明)を可能とする。また、正しく計測された電力データをもとに、ブロックチェーン技術を活用することで、発電量データが正しいことが検証可能となる。

(2)あらかじめ、指定された需要家施設の電力消費に対する再エネトラッキングのみを提供する場合(図3のA)

 この場合では、発電量データとあらかじめ指定された需要家施設の電力消費量データの照合を行う(図3の❸)。

 例えば、みんな電力(現UPDATER)のシステムの場合、電力データの測定間隔である30分ごとに、発電電力量と需要側の電力消費量の照合を行っている。

 この事例では、照合作業にブロックチェーン技術を使う必然性はなく、ブロックチェーン技術を使用しないマッチング・アルゴリズム(組合せ最適化の手順)を用いることが一般的である。

 ここでの照合結果をもって、ある期間において、特定の需要家施設は特定の再エネ発電所から電気を調達したことを主張できる。

 小売電気事業者など、トラッキングを提供する事業者は、照合結果を証明書として発行し、需要家に提供することもある(図3の❹)。照合結果を記録する場合、第三者は、ブロックチェーン技術によって、その照合結果が再エネ調達の主張を行う需要家施設と、それにあらかじめ紐づく発電所のデータであることを検証することができる。

(3)あらかじめ、需要家施設や電力消費量データを適用させずに、電気から分離した電力証書を発行・取引する場合(図3のB)

 この場合では、認証されたある期間の発電量の情報を基に、証書発行事業者が証書を発行する(図3の❸’)。「認証されたある期間」とは、(図3のA)の場合とは異なり30分などの短い時間ではなく、月あるいは年単位となることが一般的である。ここで発行された証書は、証書運用・管理機関が維持する登録簿に登録される。この時点ではまだ証書は販売(発行)前の状態であり、特定の需要家や需要家施設に適用されていない。

 発行された電力証書は、小売電気事業者や需要家などによって購入される(図3の❹’)。需要家が購入した証書を、ある期間の電力消費量に適用することによって、需要家はその期間に再エネを使用したことを主張することができる。証書運用・管理機関が維持する登録簿上では、発行済証書の状態の情報が含まれるが、需要家が使用した証書は償還扱いとなり、以後使用はできなくなる。

 証書運用・管理事業者は、証書の所有者、取引や償還などに伴う所有者の変更や状態の変化を記録し、ブロックチェーン技術の活用によって、再エネを使用したという需要家の主張が正しいことを、検証することは可能である。ただし、この際には、登録簿など既存の証書システムがある場合は、既存のシステムと整合する必要がある。この点は、以降で考察する。

〔2〕既存の電力証書システム(制度)との整合性

(1)あらかじめ指定された需要家施設の電力消費に対する再エネトラッキングのみを提供する場合(図3のA)

 この場合は、トラッキングを独自で行うことが有効で、既存制度と整合するかを確認する必要がある。例えば、日本で提案されている非化石証書の制度の場合、FIT非化石証書の対象となるFIT電源に関しては、全量を国が主導するシステムでトラッキングする方針が示されている(前出の図2および注 9を参照)。そのため、ブロックチェーン技術を用いた独自のトラッキングを行い価値を創出できる可能性は限られていると考える。

 ただし、非FIT電源のトラッキングに関してはこの限りではなく、価値創出の機会の可能性はある。

(2)あらかじめ需要家施設や電力消費量データを適用させずに、電気から分離した電力証書を発行・取引する場合(図3のB)

 この場合は、取引ルールに関しては既存システムに準拠することになる。例えば、二次流通(再販)や証書の小分け(例えば100MWhの証書を50MWhと50MWhに分けて、別々の需要家に販売するなど)が認められていれば、ブロックチェーン技術を用いた流通システムを構築することができる。

 また、通常、既存の証書運用・管理機関が維持する登録簿は中央管理式であり、これと同期しない別のシステムで記録を維持することは、齟齬(そご)が生じる可能性もあり、望ましくない。ブロックチェーン技術を用いて登録簿を構築することができれば証明や情報共有の効率化に役立つが、既存システムが存在するときは、既存システムを含めて全体システムの再設計が必要となる、と考える。


▼ 注17
Energy Web Foundation(アクセス日:2021.09.04)

▼ 注18
Energy Web Foundation、EW Origin(アクセス日:2021.09.04)

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