[インターネット・サイエンスの歴史人物館]

連載:インターネット・サイエンスの歴史人物館(3)アイヴァン・サザランド

2006/11/28
(火)

情報ハイウェイ構想
技術諮問委員会の共同議長に就任、さらなる研究へ

クリントン政権が1993年9月に情報ハイウェイ構想を発表すると、サザランドとノースカロライナ大学のフレデリック・ブルックスは、技術諮問委員会の共同議長となり、1995年に技術投資領域の提案書をまとめた。

サザランドとスプロウルは、デビッド・ミューラーのゲートをNAND(=NOT AND)ゲートに代えることにより、かなり複雑な回路設計が可能になることを見いだし、1999年に「ロジカル・エフォート」という書籍を執筆して非同期回路を定義しなおした。スプロウルは東海岸のサンラボを監督するためにシリコンバレーを離れたが、サザランドは「FLEETzero」というチップを設計し始めた。

FLEETzeroは2001年3月に発表され、3.5ミクロン幅の配線技術で1,500MIPSの処理能力と1.5GB/秒のデータ転送能力を発揮した。FLEETzeroは非同期でデータをルーティングして、加算、桁送り、スワップ、参照、I/O、FIFOストレージの処理をクロックに頼らず、コンパイラで自律的に処理することができた。この技術は部分的にUltraSPARC IIIiに採用され、メモリ遅延の間にキューに格納したデータをクロックに頼らずに処理して、性能向上の一翼を担った。

次世代スーパー・コンピュータを目指して
「Hero」プロジェクト

サンラボは2003年7月、ARPAから3年間で4,970万ドルの支援を得て、次世代のスーパー・コンピュータのプロトタイプを開発するプロジェクトを発足させた。ARPAはこの次世代システムをHPCS(High Productivity Computing System)と呼び、ダウンタイムがなく、チューニングや並列処理特有の手間がかからず、プログラミングを容易にすることを目標に掲げた。

従来のスーパー・コンピュータのように単に最速のマシンを求めているのではなく、斬新な技術で生産性を格段に向上できるかどうかが評価基準になっている。サンはこのプロジェクトに「Hero」の名をつけた。

非同期論理回路が実現の鍵

いまも現役で先端プロジェクトを率いるサザランドにとっては、非同期論理回路の研究を始めて20年を経て、スーパー・コンピュータでその真価を発揮させる機会が巡ってきたことになる。サザランドのVLSIグループに所属するロバート・ドロストは、チップ間で従来の100倍のデータを転送できる近接通信(Proximity Communication)を開発し、サザランドの助言を得て2002年2月にスタンフォード大学に博士論文を提出した。

近接通信は、チップとチップのトランシーバ間の15ミクロンの隙間で、キャパシタンス・カップリングの原理でデータを受け渡す。非接触なので低エネルギーで帯域幅と通信経路の数を拡大することができ、チップの実装密度を高めたり、チップを交換することが容易になる。

また、サン・フェローのガイ・スティールは、数式をFORTRAN(IBMが開発した科学技術計算向けのプログラム言語)に展開することなく、プログラムにすることができるFORTLESSという言語を設計している。

Heroは、10ペタFLOPS(1秒間に1015回の浮動小数点演算を行う)の処理性能をもつスーパー・コンピュータをいち早く安価に実現し、エネルギー効率が高く最も容易に使えることを示す使命を担っている。

非同期論理回路が性能面で大きく貢献することになれば、サザランドは新しい論理設計の有効性を実証でき、いずれノイマン型を超えるアーキテクチャの完成者としても、コンピュータの歴史に名を刻むことになるのかもしれない。

コンピュータの先端プロジェクトを率い、大型二輪車BMW K100でシリコンバレーを疾走するサザランドは、齢(よわい)68にしてなお現役の挑戦者だ。

ornament

参考文献

Ivan E. Sutherland「Sketchpad: A man-machine graphical communication system」January 1963 P24-33

Karen A. Frenkel「Turing Award: AN INTERVIEW WITH IVAN SUTHERLAND」Communications of ACM, June 1989 Volune 32 Number 6 P712-718

Ivan E. Sutherland「Technology and Courage」April 1996, Sun Microsystems Laboratories

Wesley A., Clark "The LINC was Early and Small",「A History of Personal Workstations」Edited by Adele Goldberg, ACM PRESS, Addison-Wesley Publishing Company 1988

Lawrence G. Roberts "The ARPANET and Computer Networks"「A History of Personal Workstations」Edited by Adele Goldberg, ACM PRESS, Addison-Wesley Publishing Company 1988

Janet Abbate「INVENTING THE INTERNET」The MIT Press 1999

M. Mitchell Waldrop「THE DREAM MACHINE: J. C. R. Licklider and the Revolution That Made Computing Personal」VIKING published by the Penguin Group 2001

Ivan E. Sutherland and Jo Ebergen「COMPUTERS WITHOUT CLOCKS」 Scientific American August 2002

ページ

関連記事
新刊情報
5G NR(新無線方式)と5Gコアを徹底解説! 本書は2018年9月に出版された『5G教科書』の続編です。5G NR(新無線方式)や5GC(コア・ネットワーク)などの5G技術とネットワークの進化、5...
攻撃者視点によるハッキング体験! 本書は、IoT機器の開発者や品質保証の担当者が、攻撃者の視点に立ってセキュリティ検証を実践するための手法を、事例とともに詳細に解説したものです。実際のサンプル機器に...
本書は、ブロックチェーン技術の電力・エネルギー分野での応用に焦点を当て、その基本的な概念から、世界と日本の応用事例(実証も含む)、法規制や標準化、ビジネスモデルまで、他書では解説されていないアプリケー...