[インターネット・サイエンスの歴史人物館]

連載:インターネット・サイエンスの歴史人物館(6)ウェズリー・クラーク

2007/03/29
(木)

ワシントン大学で再出発

LINCが完成して間もなく、学際的なコンピュータ技術研究センターの構想は頓挫した。ワシントン大学のコックスは、副学長のジョージ・ペイクに、クラークのグループを招くように要請した。ペイクはクラークに会い、コックスにバイオメディカル・コンピュータ研究所(BCL)の創設を認め、その傘下にペイピアンを所長、クラークを副所長とするコンピュータ研究所(CRL)が開設されることになった。ペイピアン、クラーク、サンデル、オーンステイン、ストッキは1964年の夏に、ミズーリ州セントルイスに住まいを移した。ペイピアンは工学部の准学部長、クラークはコンピュータ・サイエンスの研究教授の職を得、サンデルは心理学の教授にむかえられた。

DECは、1964年秋にLINCの製作キットを製品化し、同年末までに12台がユーザーによって製作された。DECはまた、11月に商用版のLINCを発売した。これらのLINCは、ユーザーにより29台、DECにより21台製作され、計50台が利用された。また、スピア社(Spear, Inc.)はモトローラのECL回路と、4キロワードのメモリを備えたmicro-LINC1を1965年6月に製品化し、次いで32キロワードのmicro-LINC300を発売した。

クラークは1965年にDECのコンサルタントとなり、集積回路のTTLで浮動小数点演算と割り込み処理が可能なLINC-8を設計した。LINC-8は、150台近く製造されたが、その後PDP-8とLINC-8を同じキャビネットに収め、メモリを32キロワードにしたPDP-12が商品化された。このマシンは、LINCの操作環境に、汎用的な割り込み処理を備えたPDP-8を組み合わせた非対称の並列処理を可能にし、約1,000台が製造された。ウィルクスは、LINCのアセンブラで開発された数多くのユーティリティを調べ、ラインエディタ、ファイルシステムの自動管理、ユーザー定義コマンドが利用できるOSを設計した。1967年にLINCtapeで配布されたLAP(LINC Assembly Language)6は、ユーザーから高く評価され、その後コンパクトなOS設計の手本となった。

非同期コンピュータへの挑戦とARPNETへの貢献

クラークはワシントン大学に赴任してから、NIHの助成対象となりえる次世代のコンピュータ・アーキテクチャに挑む必要性に迫られていた。彼は、構成要素となるモジュールとシンプルな接続技術で、任意の規模のコンピュータを設計する方法を模索した。コンピュータは、クロック周波数のタイミングで処理を実行し、その結果を全ての論理回路に通達して、次の処理の準備に入る。規模が大きくなれば配線が長くなり、処理結果を伝える論理回路の数が増大し、処理と処理の間の遅延時間が長くなるので、処理速度が低下する。

オーンステインとストッキは、モジュールが処理を済ませた時点で、クロックに依存せずに結果をシステム全体に伝達する「非同期論理回路」の可能性を示した。クラークはそのアイデアに共感し、NIHと、1964年に国防省高等研究計画局(ARPA)の情報処理部長に就任したサザランドに助成を求めた。マクロモジュラー(Macromodular)と名付けられた非同期コンピュータは、NIHとARPAから助成を得ることに成功し、クラークは1965年3月29日にプロジェクトを発足させた。

クラークは、タイムシェアリングよりも、個々の研究者の能力を支援する強力なパーソナル・コンピュータに関心を向けていたが、ARPAの研究者コミュニティでは存在感を示し続けた。ローレンス・ロバーツが1967年4月に、ミシガン大学で16の大学と研究機関のコンピュータの相互接続について検討会を催した際、クラークはロバーツに、パケット通信に必要な機能を小型の専用マシンに担わせることを示唆した。ロバーツはこの助言から、ルーティング専用コンピュータのIMP(Interface Message Processor)の仕様を設計した。IMPの開発・製造を受注したBBN(Bolt Beranek and Newman)の開発陣に加わったセヴェロ・オーンステインは、IMPの仕様を実装する上で手腕を発揮した。

クラークは、マクロモジュラーを完成させることなく、1972年6月30日にワシントン大学を去り、2番目の妻マキシン・ロッコフとともにボストンに戻った。妻はハーバード大学法科大学院に入った。クラークは、ペイクが所長になったゼロックス・パロアルト研究所、ロバーツが社長になったテレネット、コントロール・データ、メリルリンチ、ITTのコンサルタントになった。パロアルト研究所が開発したパーソナル・ワークステーションのAltoは、クラークのマルチ・シーケンシングを採用した。

クラークは1981年に、米コンピュータ学会(ACM)からエッカート=モークリ賞を受賞し、その翌年、アイヴァン・サザランドとロバート・スプロウルのコンサルティング会社(Sutherland, Sproull and Associates)に加わった。1985年には、ニューヨーク市ブルックリンに住まいを移し、クラーク、ロッコフ&アソシエーツを設立し、妻が特許問題を扱う弁護士活動を始めた。サザランドが1991年にサン・マイクロシステムズの研究所を設立すると、クラークは非同期コンピュータの開発グループのコンサルタントになった。

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参考文献

Wesley A. Clark "The LINC was Early and Small" - "A History of Personal Workstations" Edited by Adele Goldberg, ACM PRESS, Addison-Wesley Publishing Company 1988 所収

W. A. Clark, J. M. Frankovich, H. P. Peterson, J. W. Forgie, R. L. Best, K. H. Olsen "The Lincoln TX-2 Computer" 1 April 1957

Severo M. Ornstein "COMPUTING IN THE MIDDLE AGES - A View From the Trenches 1955ー1983"

Paul E. Ceruzzi "A HISTORY OF MODERN COMPUTING" Massachusetts Institute of Technology 1998

M. Mitchell Waldrop "THE DREAM MACHINE: J. C. R. Licklider and the Revolution That Made Computing Personal" VIKING published by the Penguin Group 2001
Steven Levy "HACKERSーHeros of the Computer Revolution" 1984:邦訳「ハッカーズ」古橋芳恵、松田信子 訳、工学社 1987

http://www.mit.edu/~ijs/epl/LINC.html

http://ed-thelen.org/comp-hist/TheCompMusRep/TCMR-V08.html

http://www.faqs.org/faqs/dec-faq/pdp8/section-7.html(LINC/8 and PDP-12)

http://research.sun.com/vlsi/Macromodules/p1vol5macrom.pdf (Macromodule Technical Report)

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