経済はグリーン経済の時代へ:ビジネス/経営の発想が変わる
〔1〕トヨタの決断:2050年までにガソリンエンジン単体の自動車をゼロに
─編集部:ビジネスの変化とは具体的にはどのようなものでしょうか?
末吉:低炭素経済が本格的に始まると、ビジネスのあり方も大きく変わると思います。もうCO2を出すようなビジネスはこれからは流行らないと思います。
その象徴がトヨタ自動車(以下、トヨタ)の発表注9で、2050年までにはガソリンエンジン単体で走る車をほぼゼロにすると言っています。基本は燃料電池、EV、ハイブリッドになる。
もともと自動車の始まりは電気モーターです。だからゼネラルモーターズであり、フォードモーターズだった。ダイムラーやベンツが内燃機関のエンジン付き自動車を造ったので現在の自動車が普及しましたが、それをトヨタが捨てるというのだからすごい。あと35年しかない。企業にとっては一世代ぐらいの期間です。
たとえば、10年後にはパナソニックカーが走っているかもしれません。モーターは本業ですし、ボディを造っている会社を買えば簡単にできるんじゃないですか。
電気飛行機が飛ぶ時代も来るのではないでしょうか。エアバスは2015年のパリの航空ショーに2人乗りの電気飛行機「E-Fan2・0」を出品しました。蓄電池で2基のプロペラを回して飛ぶのでまだ長時間飛行はできませんが(連続で約1時間)、2050年には100席くらいの旅客機を投入すると同社は言っています。
〔2〕ビジネスモデルの変革
─編集部:2016年以降、ビジネスモデルも変わるということでしょうか。
末吉:私が欧州を訪ねて印象に残ったのは、キングフィッシャーという欧州の住宅関連企業で、「ネット・ポジティブ」という構想を打ち出しています。
ネット・ポジティブとは消費した以上に増やすという意味です。省エネや創エネによりネットゼロを目指すという考え方のさらに上を目指すということです。キングフィッシャーは“Create more than we use”と言っています。同社の商品には木材が必要ですが「消費する木材以上の木を生み出す」ことを同時に行っていく。使うなら使った以上に創っていく。それがサスティナビリティだと言い始めているわけです。
生物の世界でそうあるように、すべてのものは次の誰かが引き継いでいく。それが本当の循環型経済であり、どこにもロスが出ない。できれば消費する以上に作っていく。そういう企業なら社会からも支持されていくでしょう。
変革する投資判断基準:グリーンインベストメントバンクの登場
〔1〕「環境」「社会」「企業統治」課題と責任投資原則
─編集部:これからは金融のあり方も変化するとおっしゃっていますね。
末吉:責任投資原則(PRI)注10というものがありまして、2015年9月25日、安倍総理が国連総会で「日本のGPIF注11が責任投資原則に署名した」と発表しました。PRIは2006年4月27日にできたのですが、私はその前後からこれを日本に広める活動をずっと続けてきました。そして、世界の七不思議と言われた、日本のGPIFがなぜ署名しないかという問題が、ようやく解消されたわけです。
PRIというのは、投資判断にESG課題を考慮しなさいということです。ESGとは、Environmental(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治:ガバナンス)のことで、直接には企業収益に関わりません。しかし、社会の価値を維持するために必要な課題として、投資判断にESGを反映させるという投資原則がPRIなのです。
今、世界で2,000くらいの機関投資家などがPRIに署名しています。世界最大の機関投資家である日本のGPIFが本当にESGを考慮した投資を行うようになれば、日本の投資の世界も変わらざるを得ないと思います。
温暖化などの環境に配慮する企業には投資資金が入りやすくなり、逆に環境に配慮しない企業の株価は低迷するかもしれません。企業の経営判断にも少なからず影響を与えるはずです。GPIFは以前よりも株式での運用比率を高くしていますし、そのうえで今回PRIに署名したことはマーケットにとっても大きな意味があるでしょう。
〔2〕長期的価値を追求したCOP21の成果
末吉:COP21が目指すのは例えば2030年、2050年のような長期目標です。オバマ大統領もパリ協定の採択を受けて「自分の孫たちに誇れることを今日決めることができた」と言っていました。ですから、投資やビジネスも短期ではなく長期で考えなくてはなりません。短期ばかり考えてきたからこうなったのではないか、というものすごい反省があるわけです。今回のCOP21が求めることの1つは、長期的価値の追求です。
今回、COP21に参加して強く感じたのは、表の主役は外交ですが、裏の主役はビジネスや投資家だということです。ビジネスと投資家が一緒になって、もっと世界を変えていくためにはこうしなければと。だから5年ごとの見直しも当然やるべきだし、そういう声がどんどん出てきています。
▼ 注9
「トヨタ環境チャレンジ2050」、2015年10月14日、トヨタ自動車プレスリリースを参照。
http://newsroom.toyota.co.jp/en/detail/9886860
▼ 注10
責任投資原則:ESG(環境、社会、企業統治)の課題を考慮することが投資家の責任であるとする原則。PRI(Principles for Responsible Invest-ment)とも呼ばれる。2006年にアナン国連事務総長が金融機関および機関投資家に対して提唱した。
▼ 注11
GPIF:Government Pension Investment Fund、年金積立金管理運用独立行政法人。厚生年金および国民年金の年金積立金を管理運用を行う機関。約140兆円の資金を運用する世界最大の機関投資家でもある。