エネルギー政策の大転換が始まる
〔1〕エネルギー政策に大きなインパクトを与えたCOP21「パリ協定」
─編集部:COP21の最も大きな成果は何だとお考えですか?
末吉:「ローカーボン・エコノミー(低炭素経済あるいは低炭素社会)を目指すことが正式に採用された」ということです。今回の195カ国とEU地域を加えた気候変動枠組条約の締約国(196カ国・地域)が全会一致だったわけですから。これはすごいことです。
遠い目標ですが、COP21ではCO2排出量を21世紀後半にはネットゼロにするとしています。ネットゼロとは、排出量を自然界が吸収できる量に抑えるということです。CO2は海や木々や土地がかなり吸収してくれていて、私の理解では、海だけで世界の排出量の30%くらいは吸収していると思うのですが、それ以上は出さないようにしなければならない。するとどうしたって、ローカーボン(低炭素)に向かわざるを得ません。
─編集部:エネルギー政策にも影響がありそうですね?
末吉:特にエネルギー問題には大きなインパクトを与えるでしょう。エネルギー政策の大転換が始まると思います。
少し余談になりますが、たとえば、英国にはDECC(エネルギー・気候変動省)注3という政府機関があり、デンマークにも同様のエネルギー省があります。CO2問題・温暖化問題とエネルギー政策はコインの裏表の関係にあるので一緒に議論することが正しいとされるからです。ところが、日本は別々の役所になっていてまとまっていない。そういう意味で日本はとても遅れていると思います。しかし、COP21でローカーボンに向かうと決まったわけですから、間違いなく日本のエネルギー政策にも影響があるでしょう。
─編集部:経済政策とのジレンマもあるのでは?
末吉:面白いことに、OECD注4もこの5、6年で宗旨替えしてきています。経済の推進によって社会福祉の向上を目指す国際機関であったOECDが、いままでの経済成長モデルはすでに破綻し、経済モデルを変えなければならないと言い出した。その向かう先がグリーン経済だと言うのです。
またOECDの下部組織であるIEA(国際エネルギー機関)注5も、この数年で温暖化問題を語るようになってきました。彼らに言わせれば、これまではエネルギー需要がこんなに増えるのだから、いかにして供給するかを検討してきたけれども、もうそのような需要の増加には応じられない。なぜならCO2を減らさなくてはならないからという話です。
〔2〕なぜ2℃が採択に至ったか?
末吉:今回のCOP21が非常によかったと思うのは、「2℃」をあらためて確認したことです。今のようなCO2の増え方では気温上昇を2℃以内に抑えるなんてまったく無理で、私も「2℃風前の灯火」と言って警鐘を鳴らしてきました。
それが今回のCOP21では2℃という数値が入ったのです。それも“below 2 degrees”ではなく“Well below 2 degrees”。‘Well’が入ったということは単純な2℃以内ではなく「大きく」2℃を下回るという意味なのです。しかも、1.5℃に近づけるよう努力をしなさいと。
─編集部:COP15注6以来「2℃」が盛り込まれずにいたのが、今回のCOP21で採択されたのはなぜでしょう。
末吉:一番の理由は温暖化問題の実態が深刻になったということでしょう。それとCOP15では議長国デンマークの采配に問題があった。しかし、今回のフランスで議長を務めたローラン・ファビウス外相は外交の天才と言われており、“Fabius is fabulous”(ファビウスはすばらしい)と韻を踏んで称賛されています。
〔3〕後れをとる日本
─編集部:今後のエネルギー政策の柱はどうなりますか?
末吉:世界のエネルギー政策の方向性ははっきりしています。CO2を出さないということですから、まずは省エネルギーが優先順位の1番目にくる。つまり、エネルギー効率を高めるということですね。2番目は間違いなく自然エネルギー注7でしょう。デンマークは2035年に電力の100%を風力で賄う方針で、2050にはエネルギーのすべてを自然エネルギーで賄うとのことです。
英国DECC(エネルギー・気候変動省)のアンバー・ラッド大臣によれば、英国では2025年までに石炭火力発電所は全廃する予定だそうです。ただし、CCS(二酸化炭素の回収・貯蔵装置)付きならいい。つまり、CO2を一切出さない火力発電所ならいいということです。そして石炭の代わりに天然ガスにシフトしていく。大臣は「石炭は我々が目指す未来ではない」と言い切ったわけです。
─編集部:日本のエネルギー政策とはかなり違いますね。
末吉:日本は2030年のエネルギーミックス(電源構成)で、石炭火力を26%と想定しています。また、LNGが27%に石油が3%と、火力発電を中心に据えたまま。ベースロード電源として原子力も20〜22%程度を維持し、CO2の出ない再生可能エネルギー(以下、再エネ)は残りの部分、と最後にもってきている。考え方が逆なんです。
2008年に気候変動法(The Climate Change Act)という法律を作った英国は、その法律に基づいて2050年におけるCO2排出量を80%削減すると目標を定めています。ですから、石炭をいつまでも使うわけにはいかないのです。
これらを見ても、日本の考え方は海外と大きくズレが出てきているように感じます。
〔4〕CO2削減がさらに強く求められる
末吉:今回のCOP21では5年ごとにCO2排出削減目標を見直し、上方修正することが義務付けられました。温暖化の状況は年々悪化しています。今、立派な遠い目標を立てても、途中で温暖化の被害がもっと顕在化してくれば、世の中が黙っているはずがありません。そうなると、5年刻みで目標を見直し、実態に合った目標に切り上げていくことが求められるでしょう。
ドイツはさらに立派だと思います。2000年に自然エネルギー法(EEG:Erneuer-bare-Energien-Gesetz)を作って、早い時期からFIT(固定価格買取制度)を軸にして再エネに取り組み、次々に高い目標を立てています。
日本の場合、2030年の再エネは水力を含めて22〜24%と想定されていますが、ドイツは2030年だと40〜45%ぐらいです。今でも、日によっては再エネが電気使用量の半分以上になっているそうです。
〔5〕世界の再生可能エネルギー設置状況(2014年実績値)
─編集部:世界の再エネの状況を教えてください。
末吉:REN21注8の『自然エネルギー世界白書』によると、2014年の再エネ(水力を除く)の設置量(発電設備容量)の世界第1位は中国です。それも2位を大きく離して1億5,300万kW(153GW)です。中国は風力を中心に再エネが急激に増えています。
2位が米国の1億500万kW、3位はドイツの8,600万kW。これが再エネの御三家で、以下はかなり差がついて、イタリア、スペイン、日本、インドがほぼ同じ3,000万kW強で並んでいます(図1)。日本はFITで太陽光発電が1,000万kWくらい増える可能性がありますが、中国の増え方は桁違いですね。
図1 世界の再生可能エネルギーの設置電源容量(2014年)
出所 REN21(Renewable Energy Policy Network for the 21st Century), “Renewables 2015 Global Status Report”, 2015.
▼ 注3
DECC:The Department of Energy & Climate Change、エネルギー気候・変動省。英国の政府機関。ビジネス・企業・規制改革省のエネルギー部門と、環境食糧農林省の気候変動部門が統合した。
▼ 注4
OECD:Organisation for Economic Co-operation and Development、経済協力開発機構。欧州諸国を中心に日米を含む34カ国の先進国が加盟する国際機関。本部はフランスのパリ。
▼ 注5
IEA:International Energy Agency、国際エネルギー機関。第一次石油危機を契機に経済協力開発機構(OECD)枠内の国際機関として設立された。
▼ 注6
The 15th Conference of the Parties to the United Nations Framework Convention on Climate Change 、気候変動枠組条約第15回締約国会議。2009年12月7日~19日、デンマークのコペンハーゲンで開催。「コペンハーゲン合意」の採択は見送られ、留意するという議長声明に留まった。
▼ 注7
再生可能エネルギーと言うこともある。
▼ 注8
REN21:Renewables Energy Policy Network for the 21th Century、21世紀のための自然エネルギー政策ネットワーク。『Renewables Global Status Report、自然エネルギー世界白書』を発行している。
http://www.ren21.net/wp-content/uploads/2015/07/REN12-GSR2015_Onlinebook_low1.pdf