[【創刊6周年記念】 発送電分離直前! 次世代の電力システムはどうあるべきか]

東京電力パワーグリッド株式会社 取締役副社長 岡本浩氏に聞く!日本の電力システム改革と今後の展望

— 発送電分離からUtility 3.0のビジネスモデルまで —
2019/01/08
(火)
インプレスSmartGridニューズレター編集部

Utility 3.0を見据えて「グリッドデータバンク・ラボ」を設立

─編集部 電気自動車と電力システムの融合はまさにUtility3.0をダイナミックに推進していくと期待できますね。ところで御社のUtility3.0に向けた、具体的な取り組みを教えてください。

岡本 現在、AI、IoTなどデジタル技術が飛躍的な進展を遂げてきていますが、東京電力パワーグリッドとNTTデータは、Utility3.0時代の到来に向けて、20社のご協力を得て、2018年11月15日に「グリッドデータバンク・ラボ有限責任事業組合」を設立しました(表3)。

表3 「グリッドデータバンク・ラボ有限責任事業組合」のプロフィール(敬称略)

表3  「グリッドデータバンク・ラボ有限責任事業組合」のプロフィール(敬称略)

出所 http://www.tepco.co.jp/pg/company/press-information/press/2018/1510585_8687.html

 グリッドデータバンク・ラボ(図9)は、オープンイノベーション注13のプラットフォームをつくって、例えば、電力データと異業種データを掛け合わせて分析することにより、さまざまなユースケース(システムを用いて特定の目的を達成する方法)を検討し、実証実験を通して、その有用性を検証していきます。

 これらの活動を通して、地球温暖化をはじめ自然災害や労働力不足などの社会課題の解決や、さらには新たなビジネス価値を生み出すことを目指しています。

電力システムへのサイバー攻撃やレジリエンスへの対応

〔1〕電力設備へのサイバー攻撃

─編集部 Utility 3.0というのは、まだ先の夢のように感じていましたが、もう具体的に走り出しているのですね。

 ところで、電力関連設備については、ロンドン五輪の電力システムへの攻撃(2012年)をはじめ、イランの核燃料施設(2010年)、ウクライナの電力変電所(2015年)など、電力関連施設へのサイバー攻撃が増加しています(図10)。また、東日本大震災(2011年)に続く、最近では北海道胆振(いぶり)東部地震(2018年)によるブラックアウト(大規模停電)など、大きな自然災害による被害も続いています。

図10 増加する電力関連施設などの社会インフラを狙ったサイバー攻撃の事例

図10 増加する電力関連施設などの社会インフラを狙ったサイバー攻撃の事例

出所 電力SWGの開催と電力分野におけるサイバーセキュリティ対策について
経済産業省「電力SWGの開催と電力分野におけるサイバーセキュリティ対策について」、2018年6月12日

 2020年には、東京オリンピック・パラリンピックも開催されますが、このようなサイバー攻撃や災害には、どのように対応されていくのでしょうか。 

〔1〕「サイバーセキュリティセンター」を設置

岡本 これは電力システムにとって非常に重要で喫緊の課題です。ご存じのとおり、重要インフラの1つである電力システムについては、すでに日本の電気の安定供給を守るため、2017年3月に電力ISAC(Information Sharing and Analysis Center、電力業界の情報共有分析センター)が設立され、電力業界全体にわたるサイバーセキュリティ対策が強化されてきています。

 また、電力業界においても他の業界と同じように、これまでITとOTの2つのシステム、すなわち、

  1. IT:Information Technology、情報技術(情報システム)
  2. OT: Operational Technology、運用技術(制御システム)

というシステムが稼働していました。ITはお客様の電力料金などを計算するシステム、OTは電力設備を監視し、それを制御するシステム、というように両者の役割を分けてそれぞれ分担させていました。

 しかし現在、デジタル/IoT時代を迎え、システムの効率的な運用を目指して、IT側だけでなく、独立プロトコルを使用していたOT側にもオープンなインターネットプロトコル(IP)が使用されるようになってきています。これによって、ITとOTの両者を融合させて新しい価値をつくるビジネスへと大きく転換するようになってきたのです。

 同時に、ITとOTを統合した環境では、サイバーセキュリティ対策が重要となってきました。そこで、弊社では2018年4月1日より、複数の部・室に跨がるセキュリティ統治機能および監視機能を集約する目的で「サイバーセキュリティセンター」を設置注14し、サイバー攻撃などへの対応力をさらに強化させ、オリンピック・パラリンピックにも対応していきます。

〔2〕地震などに対する電力設備のレジリエンス

岡本 一方、地震や台風などの災害に備えた電力システム(重要な社会インフラ)のレジリエンス(強靱性あるいは回復力)は、フィジカル(物理的)セキュリティとも言われますが、サイバー攻撃に対抗する備えとともに非常に大きな課題です。

 このため当然のことながら、地震や台風の被害を受けにくい強靭な設備を導入し、さらに電力システムに冗長性(バックアップ体制)をもたせて、災害時でもシステムダウンしないよう備えています。

 また、災害を被った場合には、システムダウンした箇所を全体のシステムから素早く切り離し注15、ブラックアウトに至らないように備えています。しかし、そこまで用意周到に対応していても、予期せぬ複合的な事故が発生することもあります。

 電力システムがブラックアウトしますと、一旦、全部が停電してしまいます。すると今度は復旧という手順に非常に時間がかかるようになりますので、ブラックアウトに至る直前で、いかに故障個所を早く切り離せるようにするかが、レジリエンスを高めるうえで重要なことなのです。

─編集部 すでに、サイバー攻撃への対応は強化されているのですね。ところで、Utility 3.0が実現され始める2050年頃は、再エネや蓄電池などが大変普及していると思いますが、これらによって構成されるマイクログリッド注16のような分散電源システムが、高いレジリエンスにつながるのでしょうか。

岡本 地域にある分散型エネルギーをうまく活用できれば、震災や台風などの自然災害の影響を軽減できるのではないかという期待から、マイクログリッドに注目が集まっているようですね。

 一方で、再生エネの出力は変動するため、自然災害が発生した際に、大きな電力系統から切り離された小さなマイクログリッド内で、需要と供給のバランスを保つのは容易ではありません。

 このため、東京電力パワーグリッドでは、新島などで多くの実証を重ねてきました。最近では、小笠原諸島の母島などで100%太陽光発電によって電力をまかなうゼロエミッション・アイランドを目指して、マイクログリッドの実証実験を2022年から開始する予定です注17

 今後、再エネの主力電源化が推進されますので、このようなマイクログリッドは、2050年頃には、さらに全国の各自治体やコミュニティに普及していくと思われますし、レジリエンスの一翼を担うようになると期待されています注18


▼ 注13
オープンイノベーション:企業における通常の製品やサービスの開発プロセスを可視化し、社内外を問わずオープンに広く技術やアイデアを集め、これまで不可能であったイノベーションを実現すること。

▼ 注14
http://www.tepco.co.jp/pg/company/press-information/press/2018/1481318_8687.html

▼ 注15
これを「解列」とも言い、発電設備などを商用の電源系統から切り離すことを指す。

▼ 注16
マイクログリッド(Microgrid):ある閉じられた地域(自治体や島など)において、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー(分散型電源)や自営線(その地域で構築した送電線)を利用して、実現するエネルギー供給網のこと。分散電源システムとも言われる。これに対して、系統電力網をスマート化することを、スマートグリッド(Smartgrid、次世代電力網)と呼ぶ。

▼ 注17
東京電力パワーグリッド株式会社、「母島における再生可能エネルギー100%電力供給に向けた協定締結について」、2018年12月21日

▼ 注18
資源エネルギー庁、「再生可能エネルギーの自立に向けた取組の加速化(多様な自立モデルについて)」、2018年11月21日

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