[特集]

2050年に向けて天然ガス・再エネの導入を加速する米国の最新エネルギー事情

― トランプ大統領「パリ協定」離脱表明後の実情 ―
2017/09/20
(水)
インプレスSmartGridニューズレター編集部

トランプ大統領の就任以降、オバマ時代に推進されてきた米国のエネルギー政策の転換がはかられ、国際的な地球温暖化対策の新たな枠組みである「パリ協定」からも離脱することになった。ここでは、これらの動きをとらえながら、米国エネルギー省(DOE)のエネルギー政策とともに、現在の米国の一次エネルギー源の供給と需要の構成や電源別発電コストの比較、発電電力量に占める電源別の構成比について解説する。
また、先進的なエネルギー政策を推進するニューヨーク州やカリフォルニア州の動向や、2020年の実用化を目指して再エネ大量導入時代に対応するグリッド・モダニゼーション(電力網の近代化)の実証実験についても紹介する。
なお、本記事は、日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部 米州課 アドバイザー 木村 誠氏への取材をもとにまとめたものである。

米国のエネルギー政策の大転換

 第45代米国大統領に就任(2017年1月20日:米国時間)した、実業家のドナルド・トランプ(Donald Trump)氏(70歳)は、オバマ(Barack Obama)前政権が策定した地球温暖化対策(環境規制)を大幅に見直し、国内の化石燃料産業を振興し雇用の促進を目指す「エネルギー自立と経済成長に関する大統領令」(Presidential Executive Order)に署名した注1

 これによって、オバマ前政権が2015年8月に公表した2030年までに火力発電所のCO2排出を32%削減(2005年比)に義務付けた「クリーンパワープラン」(Clean Power Plan)注2などが、廃止に向けて見直されることになった注3。このほか、石炭産業関連の規制をはじめ、石油・ガス生産に伴うメタンガス排出削減の規制、シェールガス関連の規制も見直されている。

 このようにトランプ政権は、市場を失いつつある石炭産業の規制を廃止して、その復権を公約に掲げているが、石炭よりも安くクリーンな天然ガスが供給されているため、その復権は疑問視されている。米国では、安くて良いものが普及するというマーケット重視の指向が徹底しているからである。

 オバマ前政権が策定してきた大統領令や大統領覚書(表1)は、いずれも撤回されるなど、米国の地球温暖化対策は、大幅に後退する局面を迎えている。

表1 オバマ前政権が策定した地球温暖化対策に関する大統領令・覚書等

表1 オバマ前政権が策定した地球温暖化対策に関する大統領令・覚書等

出所 https://www.jetro.go.jp/biznews/2017/04/e0a34dbde739cd5f.htmlをもとに編集部作成

トランプ大統領:パリ協定から離脱へ

 トランプ大統領は、2017年6月1日、2020年以降の地球温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」から離脱すると発表した。パリ協定は、2015年12月に世界の196カ国・地域によって全会一致で採択された歴史的な合意であり、2016年11月4日に発効された注4

 離脱の理由として、パリ協定によって米国は温暖化対策で巨額の財政的な支出が求められ、雇用の喪失、工場閉鎖、産業界や一般家庭に高額なエネルギーコストの負担を強いるなど米国に不利益をもたらす一方で、他国にとっては極めて有利となる、などを挙げている。

 トランプ大統領のパリ協定からの離脱(脱退)表明に対して、国際的に大きな失望や反発の声が上がった。例えば、米国のニューヨーク州やカリフォルニア州、ワシントン州の3知事はパリ協定の内容を順守する同盟を結成し、また、全米187の市長がパリ協定の目標達成のため、引き続き努力を続けていくことを宣言した。さらにテスラ、グーグル、マイクロソフト、ゼネラルエレクトリックなど米国の先進IT企業も、次々にパリ協定の推進を表明している。

 スコット・プルイット環境保護庁長官は、トランプ大統領の離脱表明演説の後、「2000年から2014年にかけて米国は温室効果ガスを18%以上削減しているが、これは政府の規制や指導ではなく、民間企業のイノベーションや技術の進歩によって成し遂げたものだ。規制ではなく、民間のイノベーションで地球温暖化対策は可能だ」と発言している。これがトランプ政権の基本的なスタンスともいえそうだ注5

 一方、日本は、米国のパリ協定からの脱退表明を受け、「米国のトランプ政権がパリ協定からの脱退を表明したことは残念であるが、パリ協定の締約国と同協定の着実な実施を進めることを通じ、この問題に積極的に取り組んでいく」というステートメント(声明)を発表した注6

 この声明には、米大統領の脱退の理由をはじめ、国連事務総長や世界各国の首脳の意見、米国内の企業や自治体、さらに日本の産業界やNGO、自治体、日本国内主要紙の社説(要約)などが17ページにわたって整理され、掲載されている。

 「パリ協定」で米国が掲げた「温室効果ガスの排出量を2025年までに2005年比で26〜28%削減する」という目標は、州政府や民間企業のイノベーションなどの取り組みによって実現できるかどうか、今後の動向が注目されている。


▼ 注1
March 28, 2017, “Presidential Executive Order on Promoting Energy Independence and Economic Growth”、
https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/03/28/presidential-executive-order-promoting-energy-independence-and-economi-1
https://www.epa.gov/Energy-Independence

▼ 注2
August 03, 2015, “Remarks by the President in Announcing the Clean Power Plan”

▼ 注3
クリーパワープランは、現在、連邦裁判所で執行差し止めになっている。

▼ 注4
フランス・パリで、2015年11月30日から12月12日(現地時間)の期間に開催された、COP21(気候変動枠組条約第21回締約国会議)は、12月12日に、2020年以降の地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」(Paris Agreement)を、全会一致で採択(締約国は196カ国・地域)した。
パリ協定については、本誌、2016年1月号「新春インタビュー」および2017年8月号「表1」を参照。

▼ 注5
https://www.jetro.go.jp/biznews/2017/06/cf2aea16377ec778.html

▼ 注6
米国のパリ協定脱退表明を受けた我が国のステートメントの発出(パリ協定の実施に向けての日本の強固な意思)、2017年6月9日

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