[新春特別対談 東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授 江崎 浩 vs. 経済産業省 資源エネルギー庁 新エネルギー対策課長 村上敬亮]

2013年はエネルギー戦略の屋台骨となる年

─再生可能エネルギーは日本の未来を救えるか!─
2013/02/01
(金)

FITは、長期ファイナンスへの転換のツール

江崎:再生可能エネルギーについては、FITを先行的に利用している太陽光発電以外のところもきちんと取り組まないといけない、ということになるわけですね、

村上:そうです。ですから車の両輪に例えるならば、FITは右の車輪なのです。しかし、右の車輪だけ回しても同じところをぐるぐる回るだけで、それを使える事業環境としての制度整備とか、国家レベルで整備すべき送電網のこと(左の車輪)などをきちんとしないと、日本FIT号は前に進まないのです。

江崎:そうするとFITとは何かというと、今回、私なりに理解したのは、きちんとバックボーンを支えてくれる電力会社があり、そのリソースを上手に使え、しかもそのこと自身が抱えるリスクをヘッジ(リスクを回避)するためのツール、ということなのですね。

村上:はい。そのうえで重要なのは、短期のファイナンスに流れがちな日本の民間ファイナンスを、やや長期のファイナンスに強引に縛りつけるためのツールとして、戦略的に使える可能性があるということです。

江崎:問題は、経営者側から考えたときに、FITが「長期のファイナンスでしかもリスクヘッジに強いツール」というふうに見ている人が、どれだけいるかですね。

村上:逆に言えば、これはFITという制度そのものもそうなんですが、長期的な方向性が、大ざっぱでもいいので「ぶれない」ということが大事なのです。このFITについても大事なことは、42円かどうかは別にしても、こういう形で買い取りを続ける制度をずっと維持し続けるということに対して、どれだけ再エネ発電事業者側と、それを負担する国民側との両方から安定的なコンセンサスが得られるか。この点が、FITのツールとしての戦略性を左右するのです。そのためには、「この長期のファイナンスの流れをみんなでシェアするのはメリットである」と思うようなコミュニティやコミュニケーション集団が、上手にこの制度を運用するような流れをつくらないと、単に一過性のものになってしまいます。

江崎:そうすると、やっぱり、第二電電のときの京セラの稲盛さんのような存在が必要ということでしょうか。

村上:FITを太陽光発電に活用することについては、現在、シンボリックにはソフトバンクの孫社長になっているわけです。孫さんのためのFITか、といったようなことを言われる方もいますが、孫さんは、3.11の直後に福島県に視察に行って素朴に問題意識をもたれ、再生可能エネルギービジネスに取り組むことになっただけです。

孫さんは、インフラ整備分野がもともとお好きな方です。そうしたインフラビジネス慣れした部分も、結果として、長期リターンのファイナンスを必要とする再エネビジネス分野の投資をリードする結果を生んでいるのかもしれません。しかし、孫さんご自身は、別にこの再エネ事業で会社のバランスシートを崩しているわけでも、大もうけしているわけでもありません。むしろ、ファイナンスが組める範囲の中で、なかなか多くの方が強気の投資のできない長期の再エネビジネスの事業化に取り組んでいらっしゃるという印象がします。それを、インフラ投資慣れされていない方から見ると、大胆に見えるということなのかもしれないと思っています。我々としては、孫さんのような資金力のある方がこの分野に参入してくること自体は、大歓迎です。

電力市場へ新規参入する企業候補のイメージ

江崎:やっぱりそういう産業界の人がどんどん出てきてほしいですよね。

村上:もう1つ注目しているのは、商社の動きです。商社は、海外ですでに前述したEPC〔Engineering(設計)、Procurement(調達)、Construction(建設・試運転)〕を、再エネ分野でも実践し、実績を上げています。ですから再生可能エネルギーについて、国内に本当にビジネス可能な事業環境ができたと思えば、国内でもビジネスを展開すると思います。

江崎:そういう視点からみると、商社のグループ企業となっているコンビニなども可能性がありますね。

村上:そうですね。また、図4に示すように、商社とは別に、電気メーカーや自動車メーカーも全国に支店や工場をもっています。コンビニのフランチャイズ店舗と同じように、工場や事業所に太陽光発電パネルを設置することなどは可能なのです。この分野は、本当に様々な方に参入のチャンスのある分野だと思います。

図4 電力市場へ新規参入する企業候補のイメージ例

図4  電力市場へ新規参入する企業候補のイメージ例

江崎:NTTがこのFITを利用して参入するという可能性はないのでしょうか。

村上:NTTは、他分野の電力において自分がイノベーターとして参入するというのは、資金力がありますからあり得ると思います。

江崎:スマートグリッドでは通信が重要ですし、NTTは通信インフラをふんだんにもっていますから大いにビジネスチャンスがありますね。また、インフラのポテンシャリティとしては、鉄道会社も結構もっていますのでチャンスはあります。

村上:鉄道会社の場合は、すでに余っている土地や未活用の土地が結構ありますので、先生流に言えば、あまり好ましくない、シンプルなメガソーラービジネスには、実は着実に手を染め始めています。しかし、鉄道会社がシンプルなメガソーラービジネスをきっかけに発電事業に乗り出すことに気づけば、FITを活用した発電事業に新規参入する確率はぐっと上がってくるのかもしれません。

江崎:そうですね。

村上:そこでなお、鉄道会社がもっている活用頻度の低い無線バンド(無線周波数帯)をどう使うか。それを開放したらおもしろいことがその町や地域でもできるし、結果として、町単位でのまさにクラスターエネルギー管理サービス注9のようなことにもつながるのではないか。

JR自身がそれに取り組むのが難しいとしても、それを誰かにさせる、もしくは東急電鉄などがケーブルテレビ(CATV)網を利用して、先に取り組んでしまうということも、ないとは言えません。

有望な次世代の「浮体式洋上風力発電」の登場!

江崎:ただ、そこがやっぱり難しいところがあるのです。大きな会社は実は大きな可能性はもっているのですが、大き過ぎるため、新規事業への参入はなかなか難しい面がある。そうするとやっぱり、資金調達でき勇気のある、頭のスマートな人や企業の登場が期待されています。2013年にそういう企業が出てくるか。まず、商社系には大きく期待しています。

村上:42円で20年という好条件は、多くの企業の様子を変え始めています。これを、条件の良い土地での一過性の投資ブームにしてしまうのか、それをきっかけに本格的な発電事業、もしくはエネルギー需給サービス業への参入につなげていけるのか、そこが大きな勝負です。

とくに、「再エネ特措法」が定めた最初3年間の「利潤への配慮」がなければ、こうはなっていなかったかもしれません。FITを利用して参入しようと検討している企業は、現在、組織編成や人事も変え始めています。また、別の角度から再エネ市場全般を見ると、浮体式洋上風力発電のプロジェクト(囲み記事参照)のように、次世代の有望な再生可能エネルギーも登場してきており、新しい可能性に期待が寄せられています。

江崎:そのような新しい再生可能エネルギー戦略をオープンにする、すなわち、いきなりパンドラの箱を開けないほうがいいのか。少しずつ開けるという感じのほうがよいのか。

村上:あまり手の内を見せると、現状を変えたくない人たちからの逆襲を受けやすくしてしまうので、半分意味不明なままにしておく面はあります。でも、可能性に気づいてくれた建設的な人たちへの情報や機会の提供は、ぬかりなく進めていくことが重要です。

江崎:そういう人たちがきちんとビジネスできるようにしてあげることが大切ですね。

村上:再生可能エネルギーの場合であれば、再エネ・ファイナンスをきっかけとして、長期のファイナンスでエネルギーまわりの投資採算性の評価基準を変える活動をしないと、いずれにしても、健全な競争は起きません。

江崎:鍵となるのは、きちんとしたバックボーンの電力配電や発電システムというのが存在しているということが、あくまで前提になりますよね。エネルギー戦略が、そういう視点で語られれば今後の発展に期待できます。

村上:実際、日本の電力会社が築いてきた電力システム網も発電所もよくできています。世界に誇るべきクオリティを、きちんと備えています。

江崎:はい。世界に誇れるすごい電力システムだと思います。福島第1、第2をはじめとする発電所の緊急停止、広域での地震対応(電力消費機器の緊急停止)による電力需要量の急激な変化にもかかわらず、関東地区での広域・大規模停電が発生しなかったことは、世界的にみて、驚くべき制御能力であったと認識されていると伺っています。つまり、基本的には電力会社に閉じたシステムであったとはいえ、既に、我が国の電力会社は、他国とは比較にならない世界最高水準のスマートグリッドシステムを構築・実運用していたことを世界に向けて証明したと捉えることができるでしょう。

村上:ただ、それを経営がきちんと評価できてない。あるいは、まだまだかなり過小評価されています。ですから、電力会社の経営陣にとってはすごく逆説的に聞こえると思いますが、あえてライバルとなるようなマーケット(太陽光や風力の市場など)を差し込み競争させてみることで、逆に、既設の電力設備に対する資産評価がより正当に行われるのではないか、そういう視点に対する気づきのプロセスを作っていくことはできないのだろうか。個人的には関心があります。


▼ 注9
CEMS:Cluster/Community Energy Management System

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