[「環境とビジネス」を一体にした新パラダイムへパリ協定はどう達成すべきか]

「環境とビジネス」を一体にした新パラダイムへパリ協定はどう達成すべきか《後編》

― 地球温暖化対策への取り組みは企業競争力を高める ―
2018/04/01
(日)
インプレスSmartGridニューズレター編集部

「良い会社」とは、社会的にもっと貢献できる本質的なもの

Ken-ichi Ishida

石田 日本にいると、このような情報になかなか触れることができないのは、マスコミ(新聞、テレビ、Webなど)が正しい情報をきちんと伝えていないからではないでしょうか。

─編集部:耳が痛いですね。微力ながら努力はしているのですが、マスコミ全体としてこの分野の報道が少ないことは、私たちも強く感じています。

石田 日本ではCO2排出量の多い火力発電を改良するためにCCS注4の開発に力を入れると言っていますが、石炭火力はすでに古い技術なので再生可能エネルギーに力を入れるべきで、なぜ技術者はCCSの開発を続けるのかと非難されました。米国企業などでは、技術者が疑問をもてば、「これからはCCSではなく再エネの時代だから再エネ関係の開発の仕事をしたい」と自分で判断して再エネに熱心な会社に移ってしまう。しかし、日本ではまだ職の流動性が低く、思うような転職は難しいのです。したがって、日本では経営者の正しい判断が求められています。

末吉 これまで成功体験を積み、会社を発展させてきた古い体質のCEO(上司)に、「これからは再エネの時代ですよ」と言っても、「今のまででよいのだ。CCSの開発をしなさい」と言われると、それでアウトです。だからといって、そこですぐに会社をやめて、他社に行くこともなかなか難しい。流動性のない社会構造になっているのです。

 このような日本社会の構造自体にも問題がありますね。

石田 そうです。ブラック企業に関する話にも、似たようなところがあると思います。流動性があれば、嫌な企業ならみんなやめてしまう。そうなれば、企業自身がもっと良い企業にしようと努力するようになる。

 今は、残業を減らすということが社会的に大きな話題になっていますが、そうした表面的な現象問題ではなく、「良い会社」というのは、社会的にもっと貢献でき、従業員にも働きやすい、本質的なものをもっていると思うのです。

表面上はルールの変更:しかし本質は「価値感の大きな転換」

Takejiro Sueyoshi

〔1〕結果までを見通すような投資の時代へ

末吉 石田さんのおっしゃっていることは、とても大事な問題です。私が金融関係者に言っていることは、例えば、これまで銀行はお金を必要とする人がいるから、融資してきた。今まではそのような姿勢で投資してきたのですが、これからは投資したお金が、どのように使われて製品やサービスになり、最終的に生活や社会をどのように良くしたり、悪くしたりしているのか、そのような結果までを見通すような投資であったり、経営でなければならないと思います。

 ですから、積水ハウスさんのように、経営が、環境問題も含めた人々の豊かな生活や幸せを実現していく意思をもった時代に移行してきているのだと思います。単純にいいものを作って売ることをゴール、とする時代ではなくなっているのです。

 これまでは、結果を見ずに途中までしか見ないビジネスに投資をしてきたから、地球温暖化問題が起きてしまったのです。ですから、表面上はルール変更のように見えますが、本質的には「価値観の転換」なのです。投資のしかたで世の中を良い方向に導けるのです。

─編集部:前編ではアップルの話、今回はDHLの話がありましたが、日本では、このような問題が起こったときに、往々にして、海外のからの圧力や外資の企業活動の影響を受け、やらざるを得なくなってから、やっと腰を上げるような風潮があります。

 脱炭素化や地球温暖化について、民間企業ではどのような議論がされているのでしょうか。

〔2〕投資家はESG投資を重視し始めている

石田 いまの日本は、新しい革新が起こりにくい仕組みとなっているように思います。

RE100注5への対応については、海外との取引が多い日本企業は考えていると思います。最近、投資家はESG(イーエスジー)投資注6を重視するなど、従来と比べ投資に対する評価基準の価値観が大きく変わってきており、これが新しい兆候の1つにもなっています。

〔3〕長期主義への回帰の時代へ

末吉 石田さんが話された価値観の変化は非常に重要です。現在、国際的な流れは、短期主義ではなく、長期主義にもう一度戻ろうとしています。それは、企業経営だけでなく、投資家も、政治の政策の出し方も、同様の傾向に変化してきています。地球温暖化や気候変動などの問題は数年というレベルではなく、数十年という長期サイクルの課題なので、長期的な対応が必要となります。ですから、長期主義への回帰をベースに置いておくことが重要な時代になっています。

石田 そのとき、経営者の理解が重要となりますね。

末吉 現在、世界が最も注力しているのは、私のバックグラウンドでもありますが、金融のあり方を変えるということです。これによって、投資先の企業行動を変えてもらうのです。本来やるべき新しい経営をしている企業に、金融が長期の視点からもっと寄り添ってバックアップいく。このように金融そのものが変わっていくことが、今後重要となります。そして、政府が国のレベルで望ましい投資を促す政策を明確に打ち出すことが重要であり、最も効果的なのです。

 このような国の政策がないと、企業は先行きに不安となって投資を抑制するため、業績が良くても内部留保ばかり溜まってしまうことになるのです。

 このようなことを前提に、ダボス会議への参加も含めて、企業のCEOはもっと海外に出ていくべきです。前編で、COP23に日本のCEOがほとんど参加していなかったという話がありましたが、CEOだけでなく、もっと企業は海外に出てビジネスの現場を体験するようにしないと、限られた情報のなかで間違った経営判断をするような状況に陥ってしまう危険があります。


▼ 注4
CCS:Carbon Capture and Storage、石炭を燃やして発電する石炭火力発電所などではCO2濃度の高い排ガスが大量に発生するが、その排ガスからCO2を回収し、地中や海中に貯留する技術。現在、各地で政府による調査や実証事業が行われている。

▼ 注5
RE100(アール イー 100):Renewable Energy 100、事業活動に再生可能エネルギー100%の使用を掲げる企業が加盟する国際イニシアチブ。「RE100」は、「Climate Group」※が「CDP」とのパートナーシップの下で主催する、「We Mean Business」連合の一部である。CDPは、投資家、企業、都市、州、地域が環境への影響を管理するためのグローバルシステムを運営する非営利団体で、本部は英国ロンドンにある。RE100:http://there100.org/re100 、CDP:https://www.cdp.net/en
※TCG:The Cimate Group、クライメート・グループ。気候変動に影響を与える室温効果ガス排出量の削減に取り組む環境NGO(本部は英国、世界の約70カ国が参加)。

▼ 注6
ESG投資:ESGとはEnvironment(環境:CO2排出量削減など)、Social(社会:人権問題や地域社会での貢献など)、Governance(企業統治:コンプライアンスなど)の略で、このESGを評価基準にして、企業を選別し投資を行うこと。

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