表1 JCLPのプロフィール(敬称略)
表2 JCLPが公表し政府に送付した「意見書」の骨子(2021年7月28日)
カーボンプライシングとは何か
〔1〕明示的カーボンプライシングと暗示的カーボンプライシング(炭素価格)
カーボンプライシング(CP:Carbon Pricing)とは、企業などが二酸化炭素(CO2)を排出することに対して、金銭的なコスト(例えば炭素税)を課すという意味であり、これによってCO2の排出量を削減・抑制する制度あるいは仕組みのことである。
カーボンプライシングには、図1に示すように、
- 明示的カーボンプライシング(Explicit Carbon Pricing)
- 暗示的炭素価格(Implicit Carbon Pricing)
の2種類がある。
図1 カーボンプライシングとは:明示的と暗示的の2つの方法
出典 環境省「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」取りまとめ、平成30(2018)年3月9日
出所 諸富 徹「カーボンプライシングとは何か〜その経済成長への影響」、JCLPメディア・ブリーフィング、2021年7月28日
図2 ピグー氏の『Economics of Welfare』(厚生経済学)の表紙(1920年刊、英国 パルグレイブマクミラン(Palgrave Macmillan)社発行、全953ページ)
出所 https://www.amazon.com/Economics-Welfare-Palgrave-Classics/dp/0230249310
明示的とは、国が定める「炭素税」(「環境税」ともいわれる)のように、CO2の排出量に比例して直接(明示的に)価格(トン当たりの価格)を決めるものである。一方、暗示的とは、「エネルギー課税」のように、炭素排出量に対して直接価格を課すのではなく、エネルギーの消費量(炭素排出量と価格が紐づいていない)に対して課す方法である。
〔2〕なぜカーボンプライシングがよいのか
なぜ環境税を含めたカーボンプライシングの導入がよいのか。これについては、約100年前の1920年に、英国の経済学者のアーサー・セシル・ピグー(Arthur Cecil Pigou)氏が最初に「環境税」(ピグー税ともいわれる)を導入することによって、環境問題を解決しながら経済の効率性を最大化できることを初めて理論的に解明した『Economics of Welfare』(厚生経済学注2、図2)を発表したことに始まる。
これが出発点となって、「外部不経済の内部化」といわれるようになって発展し、今日に至っている。
「外部不経済の内部化」とは
【1】外部経済と外部不経済
従来の経済活動では、通常、市場でモノやサービスを売買する当事者同士の取引を通して、便益を得るなどが行われてきたが、その便益が、売買する取引の当事者以外にも及ぶようなことが発生するようになってきた。これは、経済の「外部性」と呼ばれる。経済の「外部性」には、「外部経済」と「外部不経済」を見ることができる。
- 新しい駅ができたことによって、駅周辺の土地価格が上がるなど、“プラスの効果”を与える場合があるが、これは「外部経済」(External Economies)といわれる。
- 一方、住宅地に工場ができてしまい、その排気ガスによって、住人に“マイナスの効果”を与えてしまう場合がある。これは「外部不経済」(External Diseconomies)といわれる。
【2】外部不経済の内部化:ピグー氏が提唱
経済の「外部性」を念頭に、現在、国際的に注目されている地球温暖化の問題を考えてみよう。
地球温暖化は、企業の工場やガソリン車、石炭火力などが、化石燃料を使用することによって排出される温室効果ガス(CO2)が原因である。しかしこれまで、CO2の排出規制がなかったため、CO2を放出し続けてきた。これは外部不経済(マイナスの効果)と呼ばれる。
このような「外部不経済」を解決するには、企業独自の解決だけではなく、国家レベルで地球温暖化対策に向けた、「環境税」(あるいは「炭素税」)のような税金制度をきちんと導入し、企業のCO2排出量に応じて公平に徴収する(負担させる)ことによって解決するほうが効果的である。
「外部不経済」を市場メカニズム※の中に取り入れて解決を図ることを、外部不経済の「内部化」(Internalization)という。この「外部不経済の内部化」については、約100年も前(1920年)に世界で初めて理論的に定式化し、「環境税」の導入を提唱したのが、英国の経済学者ピグー氏であった。
※市場メカニズム:一般に需要(買い手)と供給(売り手)を比べて価格をバランス(均衡価格)させ、両者が一致した価格で取引を成立させる仕組み。
出所 各種資料をもとに編集部で作成
〔3〕カーボンプライシングの特徴
表3に、カーボンプライシングの特徴を示すが、カーボンプライシングの良い点は、前述した「外部不経済の内部化」とともに、環境を守るためにかかる費用を最小化できることである(後述)。
表3 カーボンプライシングの特徴(経済学的正当化)
出所 諸富 徹「カーボンプライシングとは何か〜その経済成長への影響」、JCLPメディア・ブリーフィング(2021年7月28日)を一部加筆して作成
例えば、前出の図1に示した、国が定める炭素税のような均一の価格をつける、「明示的カーボンプライシング」のもとでは、CO2排出による費用が公平に「見える化」されるため、企業のCO2排出削減対策に要する費用と、カーボンプライシングによる負担とを比較しながら、(負担の少ない方法で)CO2排出削減を行うことが可能になる。
すなわち、企業は、カーボンプライシングによる負担(炭素価格または炭素税)よりも安い費用で実行可能な対策から、順次に実行していくことが可能となる(後出の図4参照)。さらに、企業は、炭素価格水準よりも高い費用がかかるCO2排出削減対策のみが残った段階で、企業独自の排出削減をする代わりに、カーボンプライシングによって支払うことになる(後出の図4参照)。
また、これまでは製品価格の中に、明確に環境要素が入っていなかったが、企業の意思決定過程の中に、きちんと環境要素を価格シグナル注3に組み込むことが可能となるため、企業戦略上(製品のイメージ向上を含めて)重要な要素となっている。
さらに環境税の場合は、国として税収が発生するので、それを使って社会へフィードバックし、さまざまな投資や新規事業の創出などの取り組みを行うことが可能となる。
▼ 注1
日時:2021年7月28日、オンライン開催。主催:JCLP、登壇者(敬称略):諸富 徹(京都大学大学院経済学研究科 教授)、今井 亮翔(武田薬品工業)/JCLP副代表、木下 順次(イオン)、石田 建一(JCLP顧問/元 積水ハウス)、松尾 雄介 JCLP事務局。
▼ 注2
厚生経済学:英国の経済学者、アーサー・セシル・ピグー氏が発表した「厚生経済学」(The Economics of Welfare)以降に使用されるようになった用語。従来の、国家の経済活動への介入を極力排除してきた自由な経済活動に対し、国家が国民に対する福祉・厚生の向上を基準にすえて、経済における「生産の効率化」や「分配の平等化」などの政策を提唱する経済学。
▼ 注3
価格シグナル:企業が消費者に対して発する製品情報の1つ。例えば、「この製品は、CO2排出ゼロの100%再エネ電力でつくった製品である」というような情報。
[参考]カーボンプライシングによる価格シグナル