OpenAIによって開発された生成AIチャットボットであるChatGPTが2022年11月30日に一般公開されて以来、さまざまな生成AI関連ツールが登場している。そして、多くの人にとって、これらのツールはなくてはならないツールとなっている。通常、これらのツールはパソコンやスマートフォンなどで利用されるため、それ以外の技術に目が向けられることは多くはない。しかし、実際にはさまざまな技術がかかわっている。本稿ではその中の1つとして通信ネットワークに着目し、AI時代における動向を整理する。
AI時代における通信ネットワーク進化の必要性
従来、通信ネットワークは音声やデータをA地点からB地点まで伝送するための「パイプ」と見なされていたが、AIの登場により、その役割も大きく変わってきている。近年AIについての話題を見ると、AIそのものやデータセンター、半導体などが大きく扱われているものの通信ネットワークについての扱いは一般的にはあまり大きくない。
しかし、今後AIの進化と普及に伴い、通信量が増えるだけでなく、その変化を従来と比べて予測しにくくなる可能性がある。例えばNokiaはそのような状況を想定して、従来の人手に頼っていた運用ではなく、通信ネットワークを自律運用する必要性を指摘している注1。
さらに、そのような進化を推進するために必要なものがAIだとも指摘している。つまり、AIによって進化の必要に迫られている通信ネットワークだが、その進化を実現するためにもAIが必要とされているのだ。
AI-RANで変わるモバイルネットワークの常識
AI時代における通信ネットワークの進化の取り組みとして注目されているのがAI-RANである。RAN(Radio Access Network、無線アクセスネットワーク)とは、スマートフォンなどのモバイル端末と通信事業者のコアネットワークを基地局やアンテナを介して無線でつなぎ、電波の送受信や信号処理を担うネットワークの要の部分だが、そこでAIを活用するのがAI-RANである(図1)。
図1 従来のRANからAI-RANへの進化
従来、AIアプリケーションはクラウドサーバ上で動作し、RAN制御専用装置とは分離されていた。これにより、リソースの断片化や遅延の発生が課題となっている。AI-RANでは、vRANによる集約基盤上に仮想化されたRANとAIを統合し、AIとRANの設備を共用化することで、AIによるRANの高性能化を実現する。
RAN:Radio Access Network、無線アクセスネットワーク
vRAN:Virtualized Radio Access Network、仮想無線アクセスネットワーク
出所 ソフトバンク株式会社 先端技術研究所、「AI-RANとモバイルインフラの未来」を一部日本語化して作成
このAI-RANに至るまでのRANの進化を振り返るとvRAN、そしてOpen RANと進化してきている。vRAN(Virtual Radio Access Network、仮想無線アクセスネットワーク)によって汎用的なハードウェア上でRAN機能をソフトウェアとして実行できるようになり、Open RANによってオープン標準インタフェースが採用され、マルチベンダ環境での相互運用性を実現した。AI-RANは、これらの技術進化を踏まえ、AIアプリケーションとRANを同じ基盤上に統合するアーキテクチャである。
AI-RANの構想はもともとソフトバンクとArm(アーム)、NVIDIA(エヌヴィディア)の3社に生まれたとされている注2が、ビジョン実現のために、より多くのパートナーが必要と考え、2024年2月26日にAI-RANアライアンスが発足し、MWCバルセロナ2024において発表されている注3。2024年7月にはO-RANアライアンスの議長なども務めたAlex Choi Jinsung(アレックス・ジンソン・チェ)が議長に就任している。
AI-RANはAI-for-RAN (RANのためのAI)、AI-on-RAN(RAN上で動作するAI)、そしてAI-and-RAN(AIとRANの共存)という3つの要素で構成されている。このうち具体的な取り組みが進んでいるのがAI-and-RANの分野で、ソフトバンクとNVIDIAによって提唱されている統合ソリューション「AITRAS」(アイトラス)である。
AITRASの核心は、AIとRANの設備を共有することによって計算リソースを共有し、動的に調停することができる点にある。通信トラフィックは、通常、朝夕のラッシュ時にピークを迎え、深夜には低下するという傾向がある。従来の専用装置では、ピーク時に合わせて設計されたハードウェアがオフピーク時にはただ電力を消費するだけの死蔵資産となっていた。AITRASはこのオフピーク時のGPU(Graphics Processing Unit、画像処理装置)リソースを、AIモデルの再学習や推論サービスに割り当てることで、稼働率を最大限に高め、アイドルリソース注4を有効活用することを目指している(図2)。
図2 RANとAIの共存による計算リソース共有
図の左側は共通計算基盤上でvRANアプリケーションとAIアプリケーションが計算リソースを共有し、RANの需要に応じてリソースを動的に再配置する様子を表している。一方、右側のグラフは時間帯によって変動するRANの負荷とAIの負荷の補完関係を表している。グラフの横軸は0時から24時までの時間の推移を、縦軸は計算リソースの使用率を表し、通信需要が少ない時間帯(グラフ中の青い領域が低い部分)には、空いたリソースをAI処理(ピンクの領域)へ自動的に割り当てているイメージを示している(動的な再配置)。
出所 ソフトバンク株式会社 先端技術研究所、「AI-RANとモバイルインフラの未来」を一部日本語化して作成、
図2の右側はvRAN APP(RANによる計算リソース使用)とAI App(AIによる計算リソース使用)のリソース使用率の内訳を示しているが、このAI Appの部分が前述のAIモデルの再学習や推論サービスに割り当てられている部分であり、ここが通信事業者にとって新たな収益源になる可能性があるとされている注5。
この取り組みが通信事業者にとって持続可能な収益源になるかどうか、現時点では定かではないが、「土管」と呼ばれ、Googleなどに収益を奪われていた通信事業者にとっては、通信事業から収益を得る可能性を秘めたものである。
注1:AI is driving the evolution of autonomous networks | Nokia.com
注2:AI-RANが通信業界のゲームチェンジャーに。「AI-RANアライアンス」のトップが語るその革新力と未来 - ITをもっと身近に。ソフトバンクニュース
注3:【プレスリリース】AI-RAN アライアンス設立、ソフトバンク
注4:アイドルリソース:Idle Resource。通信あるいはIT分野において、使用しているときと同じ状態を維持したまま確保されているものの、実際には使用されていない、帯域幅やタイムスロット、電力などの無線リソースの待機状態を指す。
注5:NVIDIA によると単一目的から多目的の AI-RAN ネットワークに移行することで設備投資1ドルあたりの収益が5倍になると試算している(NVIDIAとソフトバンク、AI産業革命の世界競争への日本の参入を推進)