NVIDIAが築く圧倒的なデファクト標準
NVIDIAが築く圧倒的なデファクト標準
世界のフィジカルAI開発において現在、中心的な役割を担っているのがNVIDIAである。同社は、ロボットの学習に用いる基盤モデル、物理法則を再現するシミュレーション環境、ロボットに搭載する演算チップまでを一貫して提供し、フィジカルAIの開発基盤を広く展開している。
〔1〕一気通貫の開発環境「フィジカルAIスタック」の強み
NVIDIAの強みは、単一の製品ではなく、フィジカルAIの開発工程を一通りカバーする技術群にある。同社はこれを「フィジカルAIスタック」と呼んでいる。
具体的には、
(1)現実世界を理解・予測する世界基盤モデル「Cosmos」(コスモス)
(2)現実を仮想空間に再現するデジタルツイン基盤「Omniverse」(オムニバース)
(3)ロボットの学習・検証を担う開発基盤「Isaac」(アイザック)
(4)物理法則を精密に計算する物理エンジン「Newton」(ニュートン)
(5)映像から現場を認識する「Metropolis」(メトロポリス)
(6)ロボットに搭載する演算チップ「Jetson」(ジェストン)
などである(表2)。
表2 NVIDIA の主なフィジカルAI 技術
出所 NVIDIA Webサイトをもとに編集部で作成
今回、富士通との協調制御基盤で使われるのは、このうち表2右の〇印を付けた上段4つ、「Cosmos」「Omniverse」「Isaac」「Newton」である。
この4つはそれぞれが独立したツールではなく、一体のパイプライン(一連の開発工程)をなす。
まずOmniverseが、現実の環境を物理法則まで再現した仮想の練習場を用意する。そこにCosmosが訓練データと現場の状況理解を供給する。Cosmosは大量の映像から物理世界の振る舞いを学習したモデルで、学習用データを人工的に生成できるため、少ない実データを補う役割を担う。その仮想空間の中で、Newtonが摩擦や接触といった物理を正確に計算し、Isaacがロボットを鍛えて、仮想空間での学習成果を実機に移す「Sim2Real」(Simulation to Real、シム・ツー・リアル)までを担う。
これによって、実機では膨大な時間を要するテストを、仮想空間なら短時間で大量に反復できる。そしてこの一気通貫の開発環境を丸ごと提供しているため、どれか1つだけを他社製に置き換えるのが難しい。フィジカルAIを開発しようとする企業は、現状では事実上、NVIDIAの技術圏の上で開発作業を行うことになる。
〔2〕日本市場へ拡大する「NVIDIA Cosmos Coalition」
このパイプラインによる技術圏を、NVIDIAは世界戦略として明確に打ち出している。同社は富士通との発表と同日に、Cosmosを共通基盤に据えた企業連合「NVIDIA Cosmos Coalition」〔コスモス・コアリション(フィジカルAI連合)、2026年6月結成〕を日本へ拡大すると発表した注3。これは、世界モデルの開発者やフィジカルAIの担い手を結集し、Cosmosを土台としたオープンな世界モデルを共同で育てる枠組みだ。参画企業はCosmosのプラットフォーム上で自社のフィジカルAIを開発できる。
富士通を中心とした取り組みはその参画企業の一角であり、NVIDIAでは「日本のフィジカルAIエコシステムを牽引する企業群」として紹介している。
〔3〕加速するグローバル主要企業のNVIDIA依存
Cosmos Coalitionには富士通を中心とした取り組み以外にも、多くの企業が参画している。日立製作所、NEC、ソフトバンク、ソニーグループ、本田技術研究所、クボタ、三井物産、三菱商事など、20社を超える主要企業が名を連ねる。ただ、それらは個別に、自社の事業に合わせてNVIDIA技術を利用する。
例えばソフトバンクは、Cosmos、Omniverse、Isaac Simを使ってフィジカルAIの開発基盤を構築し、あわせて通信網とAIを融合させる取り組みを進めている。クボタは、自律型・スマート農業に向けてCosmosの活用を検証している。
そもそもこのフィジカルAI連合は2026年6月に発足したグローバルな取り組みで、創設メンバーには独Agile Robotsや米Runway、米Skild AIなどが名を連ねる。またCoalitionとは別に、スイスABB Robotics、独KUKA、デンマークUniversal Robotsといった欧州の主要ロボットメーカーも、NVIDIAのフィジカルAI技術との統合を発表している。このように主要企業によるフィジカルAIの開発は、NVIDIAの技術に依存している。
フィジカルAIにおける日本の可能性と課題
〔1〕長年の稼働実績が生む「文脈情報」(Contextual Information)」の優位性
フィジカルAI開発の最大の制約は、物理世界の動作データが希少なことにある。このデータは、実際に設備を稼働させてきた主体にしか蓄積されない。ファナック、安川電機、川崎重工業の3社は、長年にわたり世界の製造現場にロボットを供給し、稼働データを蓄積してきた。どの条件で不具合が生じ、どの動作が品質につながるか。こうした実績は、後発企業が短期間で得られるものではない。
質の面でも特徴がある。価値をもつのは、センサーの数値そのものよりも、「何を製造し、どんな異常が起き、どう対処したか」という文脈情報(Contextual Information)である。日本の製造業は、品質管理や改善活動を通じて、異常の記録と対処の文書化を現場レベルで続けてきた。熟練技能者の判断を含め、AIの学習素材となる情報が現場に蓄積されている。
〔2〕フィジカルAIが突破する「20年来の技能伝承問題」
ただし課題もある。日本の現場データの多くは、いまだ紙やExcel、熟練者の経験にとどまり、AIが学習できる形式になっていない。
熟練技能の伝承は、団塊世代の大量退職が意識された2000年代から、製造業の経営課題であり続けてきた。しかし企業経営において、技能の文書化・マニュアル化は直接収益を生まないため、日々の生産や納期遵守に押され、先送りされてきた。その間に熟練者の引退は進み、伝承に平均5年以上かかるとされる技能に対し、残された時間は年々短くなっている。
フィジカルAIは、この停滞を破る手段になり得る。過去の技能伝承が進まなかったのは、「人が言語化し、文書に起こす」ものだったからだ。ベテランの勘やコツは言語化しきれず、文書化の手間も膨大だった。対してフィジカルAIは、作業中の動きをセンサーで取得し、AIで解析して数値化する。人が言語化しなくても、動作そのものをデータとして吸い上げられる。これまでネックだった言語化の課題が解消され、20年停滞してきた技能伝承が、フィジカルAI開発と同時に進む可能性がある。



