[米国のエネルギー政策 ①]第2次トランプ政権の政策の大転換とその背景を読み解く

大串康彦 産業戦略アナリスト

2025年12月26日 (金曜) 11:11

 2025年1月20日に発足した第2次トランプ政権のもとで、米国のエネルギー政策は短期間のうちに明確な方向性を示してきた。就任初日に表明されたパリ協定からの脱退や、前バイデン政権時に成立したインフレ抑制法(IRA:Inflation Reduction Act)関連支出の停止方針は、その象徴である。同年7月4日には、「One Big Beautiful Bill Act」(OBBBA、米国税制改正法)」が成立し、IRAで定められた太陽光発電・風力発電・電気自動車(EV)の支援策の前倒し終了が決定した。
 その後も、8月の洋上風力プロジェクト12件に対する助成金の取り消し、12月の洋上風力プロジェクト5案件に対する使用権の即時停止するなど、個別施策を通じて再生可能エネルギー(以降「再エネ」)を抑制する姿勢が具体化している。
 連載第2回目では、これまでに発表された大統領令や政策、ホワイトハウスによる公式声明などを基に、第2次トランプ政権の基本方針を明らかにする。個々の施策はすでに報じられているものの、政策パッケージとして全体像を捉え直すことで、同政権が目指すエネルギー戦略の輪郭が見えてくる段階にあるためである。そのうえで、第1次トランプ政権およびバイデン政権期のエネルギー政策と当時の市場動向を振り返り、現在進行している政策転換がエネルギー市場や投資環境へ与える影響のベースラインを示す。

Ⅰ. 第2次トランプ政権の基本方針:関税政策とエネルギー政策の目標

〔1〕MAGA:米国を再び偉大な国に

 第2次トランプ政権のスローガンは「America First」(米国第一主義)と「Make America Great Again」(MAGA、米国を再び偉大な国に)である。いずれも印象的なフレーズではあるが、これらの抽象的なスローガンだけでは具体的な政策の方向性が見えにくい。そこでここでは、ホワイトハウスが就任初日の2025年1月20日に発表した「President Trump’s America First Priorities(トランプ大統領の米国の最優先課題注1)」を手がかりに、その基本方針を読み解く。また、エネルギー政策を考えるうえで背景となり得る、エネルギーとは直接関係しない政策項目についても言及する。
 第2次トランプ政権は、「米国を再び安全な国に(Make America Safe Again)」を掲げ、国境警備の強化と移民の流入制限を最重要課題として挙げている。トランプ大統領の就任演説や施政方針演説でも、不法移民による犯罪や海外の犯罪組織が米国に及ぼす脅威が強調された。すでに不法移民の本国送還の強化などの施策が進行中である。

〔2〕世界を騒がせるトランプ大統領の関税政策:自由貿易体制からの離脱と新たな経済戦略

 トランプ政権による関税政策の発表は国際社会の注目を集めている。トランプ政権は新たな関税を課す理由として、米国の貿易赤字を削減し、貿易不均衡を是正することを挙げている。しかし、米国が新たに大規模な関税政策に乗り出す理由は、単なる「貿易不均衡」(※これはトランプ政権の主張であり、本当に不均衡が発生しているかどうかは検証が必要である)を是正することにはとどまらないように見える。
 第2次トランプ政権は、これまで当然のこととされてきた自由貿易の仕組みを根本から見直し、世界経済のあり方そのものを変えようとしている可能性がある。自由貿易を何十年も推進した結果、米国をはじめとする先進国には、安価な人件費、緩い労働・環境基準の国で製造された製品が流入し、米国内の製造業は空洞化し、雇用も失われた。この構造変化が、かつて製造業や重工業で栄えた米国の中西部から大西洋岸中部地域が「ラスト(錆)・ベルト」と呼ばれることになった所以である。
 こうした状況を背景に、第2次トランプ政権は「製造業のスーパーパワーを取り戻す」ことを政策目標に掲げ、広範かつ多くの国を対象に関税政策の実施に乗り出した。特に注目すべきは、対中デカップリング(Decoupling、分断)の加速である。
 『自由貿易体制の勝者は中国であり、この体制が続く限り中国の影響力は増大するのみである。しかも、「自由貿易を行えば中国は民主化するだろう」』という西側による当初の目論見は実現していないし、その見込みも小さい。この現実を踏まえ、米国は、中国を利する構造そのものを関税という手段で変革しようとしていると解釈できる。
 さらに、関税は米国にとって単なる経済政策ではなく、安全保障の一環でもあり外交の手段でもある。2025年2月、第2次トランプ政権は中国、メキシコ、カナダを経由して米国に流入するフェンタニル(合成麻薬)を含む薬物を重大な脅威と捉え、薬物流入が改善されるまでの措置として、メキシコ・カナダからの輸入品に25%、中国からの輸入品に10%の追加関税を課すと発表した(最終的な税率は第3回の記事で扱う)。
 また、2025年7月にはブラジルに対して50%の高率関税の賦課を発表した。米国は対ブラジルの貿易で黒字になっているにもかかわらず高率の関税を課した事実は、この政策が単なる貿易不均衡の是正を目的としたものではないことを示している。背景には、ブラジル最高裁のアレシャンドレ・デ・モラエス判事が米国市民に対して刑事訴追を命じたことや、米国SNS企業に対して投稿内容の検閲を指示したことがある。トランプ政権は、これらの行為が米国の企業活動に悪影響を与え、表現の自由を侵害する行為であると指摘している。つまり、関税は米国にとって望ましくない他国の行動を戒めるための外交的な圧力として用いられている。


注1The White House「President Trump’s America First Priorities」January 20, 2025

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