[インターネット・サイエンスの歴史人物館]

連載:インターネット・サイエンスの歴史人物館(5)ジェイ・フォレスタ

2007/02/02
(金)

SAGE防空システムの離陸

フォレスタとエヴェレットは1954年12月28日に、ニューヨーク州ポキプシーのIBMの施設を訪れ、SAGEのプロトタイプXD-1を査察した。XD-1は、1ワードを32ビットにして、約25,000本の真空管で構成されていた。防空システムのソフトウェアはWhirlwindで開発され、XD-1に移植されてから、SAGEの本番マシンであるAS/FSQ-7で運用されることになっていた。

SAGEの計画を詳細に記した「Red Book」も3月にまとまり、空軍はAN/FSQ-7の稼働開始目標を1957年3月1日に定め、北米をカバーする防空システムの配備を1960年11月1日までに終える目標を提示した。

XD-1がリンカーン研究所のビルディングFに設置されると、ランド・コーポレーションにソフトウェア開発が委託された。XD-1にプログラムを移植する作業は1955年の夏に始まり、12月9日に航空機の追跡実験を行った。ランドのシステム開発部門は、リンカーン研究所の向かいに空軍が急造したプレハブ施設で仕事を始め、1年足らずで1,000人近くの人員を雇った。

SAGEのソフトウェア開発部隊は、ランドから切り離され、SDC(System Development Corporation)になった。Whirlwindは、指令センターが1956年2月にバータ・ビルからリンカーン研究所に移動した約半年後の9月27日に、防空実験の神経中枢としての役割を終え、1959年まで教育目的で使用された。

史上空前の巨大コンピュータ「AN/FSQ-7」

AN/FSQ-7を稼働させる最初のSAGEセンターは、1958年7月1日にニュージャージー州トレントン近郊のマクガイア空軍基地で完成した。4階建ての窓がないコンクリートの建物の2階に、ニューヨーク州キングストンの工場が6月に出荷したAN/FSQ-7が2台設置された。AN/FSQ-7は約55,000本の真空管、17万個のダイオード、200万個の磁気コアで構成され、重さ275トン、消費電力300万ワット、設置面積2,000平方メートルという史上空前の規模のコンピュータになった。

AN/FSQ-7は、2個の演算器による並列計算で1秒間に75,000の命令(75KIPS)を処理した。4階の司令部には約100台のディスプレイがあり、12ヵ所のレーダー基地からデータを受け取り、300機の航空機を同時に追跡することができた。

収集したレーダーの画面情報は、30秒以内にマイクロフィルムにして、プロジェクタで拡大表示できた。処理したデータは攻撃制御用コンピュータAN/FSQ-8に送られ、迎撃管制や兵器制御に活用された。

SAGEセンターは、1963年に全米23ヵ所に配備され、AN/FSQ-7の小型版のFSQ-8を備えた3ヵ所のコンバット・オペレーションズ・センターと交信した。AN/FSQ-7は障害時に処理を引き継げるよう、2台をセットにして配備され、1台はフェールオーバー(障害発生時にデータ処理を代替する機能)のためのホットスタンバイ・マシンであった。

SAGEセンターでは、本番マシンを切り替えられる環境を利用して、コンピュータ・プログラムで真空管のラックに毎日負荷電圧をかけ、寿命が近づいた真空管を特定して新品に取り替える作業を繰り返した。
その結果、年平均のダウンタイムは3.77時間になり、当時としては99.96%という驚異的な連続可用性を達成した。AN/FSQ-7の本体価格は23,800万ドルだった。SAGEのシステム構築コストは1964年の貨幣価値で80万ドルから120万ドルかかったとみられ、新システムにリプレースされる1979年まで稼働を続け、1984年1月に最後のAN/FSQ-7が運用を終えた。

WhirlwindからSAGE、そしてインターネットへ

SAGEによって形成された世界最大のデジタル通信網によって、AT&Tが長距離データ通信事業に乗り出すことが可能になり、IBMはアメリカン・エアラインに対し、全米の旅行代理店に端末を配置して航空券をオンライン予約できるSABRE(Semi-Automatic Business-Research Environment)の構築を提案することができた。

WhirlwindからSAGEに至るプロジェクトは、100人を超えるコンピュータ・アーキテクト、1,000人を超えるプログラマとフィールド・エンジニアを育成した。このプロジェクトに関わることにより、J. C. R. リックライダーは対話型コンピュータのネットワークが可能だと考え、レオナード・クラインロックはパケット通信を考案し、ローレンス・ロバーツやフランク・ハートなどの人材により、インターネットを現実に導くことができた。

フォレスタは、1956年6月末にリンカーン研究所を辞し、エヴェレットがその後任としてコンピュータの開発グループのディレクタになった。フォレスタは1956年に、その4年前にMITに設立された経営学大学院スローンスクールの教授になり、フィードバック・システムとしての企業経営や社会システムを研究する「システム・ダイナミクス」という学問領域を創始した。ジョージ・ブッシュ大統領は1989年に、フォレスタとエヴェレットに米国技術勲章を授与した。

参考文献

「Jay W. Forrester Oral History」ComputerWorld Honors Program International Archives, March 24, 1998、http://cwhonors.org/archives/histories/Forrester.pdf

David A. Mindell「between human and machine--Feedback, Control, and Computing before Cybernetics」The Johns Hopkins University Press 2002

Robert Buderi「THE INVENTION THAT CHANGED THE WORLD」TOUCHSTONE、1997

M. Mitchell Waldrop「THE DREAM MACHINE: J. C. R. Licklider and the Revolution That Made Computing Personal」VIKING published by the Penguin Group 2001

Overview of the Lincoln Laboratory Ballistic Missile Defense Program (PDF)
http://www.ll.mit.edu/news/journal/pdf/vol13_no1/13_1overview.pdf

http://en.wikipedia.org/wiki/Whirlwind_%28computer%29

R. R. Everett「Chapter 6 The Whirlwind I Computer1」C. Gordon Bell, Allen Newell「Computer Structures: Readings and Examples」McGraw-Hill Book Company 1971
http://research.microsoft.com/~gbell/
Computer_Structures__Readings_and_Examples/00000157.htm

http://old-computers.com/museum/computer.asp?c=1050&st=1

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