[インターネット・サイエンスの歴史人物館]

連載:インターネット・サイエンスの歴史人物館(12)ジョン・マッカーシー

2008/01/29
(火)

タイムシェアリング・コンピュータの実験

マッカーシーはIBM 704の割り込み制御システムが利用できるようになると、LISPのプログラムをタイムシェアリング・システムで実行するデモを実施することにした。かれは、計算センターの4階にMITの研究者とIBMなどの関係者を集め、1階で行われるマシンの操作をテレビ映像で示しながらタイムシェアリング・システムの仕組みを説明した。個々の処理はかなり低速だったが、有用性を訴求することはできた。

MITの最上層部はモースと情報理論の研究者ロバート・ファノらによるコンピューティングに関する長期計画委員会を設置し、61年4月にマッカーシー、計算センターの副所長フェルナンド・コルバトゥ、CADの先駆者ダグラス・ロス、電気工学部助教授のハーバート・ティーガーなど若手研究者にタイムシェアリング・システムの開発プロジェクトを検討させた。

ティーガーはIBM 709の割り込みを拡張して、CPUが実行中の処理を中断して磁気テープに待避させ、割り込ませた処理を実行後にメモリに復帰させるプログラムを記述し、61年11月に4台のテレタイプ端末で対話型処理を同時に行えることを示した。ティーガーのプログラムは、IBM 709の通常のバッチ処理に支障をおよぼすことなく利用できたので、互換性があるタイムシェアリング・システム(CTSS)と呼ばれた。ティーガーはこの処理をメモリで上で行うため、62年春にMITに寄贈されるIBM 7090にタイムシェアリング専用のメモリとメモリ内容を保護しつつ入れ替える機能の追加を要求した。

しかし、タイムシェアリング・システムは計算センターの業務の空き時間にしか試用できなかった。ティーガーはIBMが61年4月に完成させたスーパーコンピュータIBM 7030の購入を提案した。IBM 7030はメモリ保護機能とインターリーブド・メモリを利用できる汎用的な割り込みを実現していたが、IBMからの寄贈は期待できず778万ドルをMITが拠出する必要があった。このためティーガーの提案は退けられ、マッカーシーが小委員会の議長となりコルバトゥがIBM 7090でCTSSを発展させる役割を担うことになった。

ARPANETと人工知能研究

BBNのリックライダーとエド・フレドキンは、PDP-1でタイムシェアリング・システムを実現できるか検討し、フレドキンが割り込みと磁気ドラム装置を利用してメモリ内容を入れ換える仕組みを設計し、BBNが導入する新しいPDP-1に実装するようにDECに要請した。BBNは国立衛生研究所(NIH)にこのシステムを病院の情報共有に利用することを提案し、62年初めにマサチューセッツ総合病院向けのシステム開発を請け負った。

リックライダーは、フレドキンがBBNを去ったため、マッカーシーをコンサルタントに雇い週に1度BBNのプログラマの仕事を監督するように依頼した。マッカーシーは、DECが設計したメモリ制御に変更を加え、メモリ内容の入れ換えにかかる時間を短縮できるようにした。BBNはこのシステムの公開稼働テストを62年9月に実施したが、マッカーシーは9月から移籍先のスタンフォード大学で仕事を始めていた。

驚くべきことに翌月の10月1日に、リックライダーが国防総省高等研究計画局(ARPA)で指令管制システムを強化する情報処理技術の開発を担うために着任した。かれは年間予算1,000万ドルで、タイムシェアリング・システムによる大陸横断ネットワークの構築を推進するプロジェクトを構想し、米国各地の優秀な人材を動員しARPANETの形成を担う研究コミュニティを立ち上げる。マッカーシーはARPANETには消極的だったが、リックライダーは人工知能をARPA支援対象の情報処理技術に組み入れた。ARPAはその後10年間に、5,000万ドルを人工知能研究に支出した。

マッカーシーは63年秋にリックライダの助成によりスタンフォード大学にPDP-1を導入し、ディスプレイ端末で利用できるタイムシェアリング・システムを利用できるようになった。マッカーシーが提唱したコンピュータの利用法は、クリフォード・ショウやケメニーに影響を与え、ランドのJOSS(JONNIAC Open Shop System)やダートマス大学のGE255のタイムシェアリング・システムやインタプリタ言語BASICの開発に直接的な影響を与えた。

マッカーシーは1958年に論文「常識を持ったプログラム」を執筆し、常識データベースと推論能力を駆使して人間と対話し助言するアドバイス・テイカーという人工知能プログラムの開発を自らの開発目標にした。この研究はかれの予想に反し、長い道のりになった。しかし、スタンフォード大学人工知能研究所は60年代末に最初のエキスパートシステムDendralを開発し、今日もなおヒューマノイド研究の先端拠点としての役割を担い続けている。マッカーシーは1971年にACMチューリング賞、そして90年に米国科学大賞という最高の栄誉を受賞している。

 

参考文献

Pamela McCorduck「Machines Who Think - 25th Anniversary Update」A.K.Peters, Ltd.2004

M.Mitchell Waldrop「THE DREAM MACHINE: J.C.R.Licklider and the Revolution That Made Computing Personal」VIKING published by the Penguin Group 2001

Dennis Shasha and Cathy Lazere「OUT OF THEIR MINDS」SPRINGER-VERLAG NEW YORK INC.1995、邦訳「コンピュータの時代を開いた天才たち」竹内郁雄 監訳、鈴木良尚 訳、日経BP社 1998

http://en.wikipedia.org/wiki/John_McCarthy_%28computer_scientist%29

「John McCarthy's Home Page」 http://www-formal.stanford.edu/jmc/

「A PROPOSAL FOR THE DARTMOUTH SUMMER RESEARCH PROJECT ON ARTIFICIAL INTELLIGENCE」 http://www-formal.stanford.edu/jmc/history/dartmouth.pdf

John McCarthy「Recursive Functions of Symbolic Expressions and Their Computation by Machine, Part I」April 1960 http://www-formal.stanford.edu/jmc/recursive.pdf

John McCarthy「History of Lisp」http://www-formal.stanford.edu/jmc/history/lisp/lisp.html

Roberto Cordeschi「AI turns 50: Revisiting its origins」http://aiia2005.disco.unimib.it/ppt/22sep/Cordeschi.pdf

John McCarthy, Patrick J.Hayes「Some Philosophical Problems from the Standpoint of Aritificial Intelligence」(D.Michie ed., Machine Intelligence Vol.4, Edinburgh University Press, 1969 pp.463-502)、John McCarthy「Program with Common Sense」(M.Minsky ed., Semantic Information Processing, MIT Press 1968 pp.403-418):邦訳「人工知能になぜ哲学が必要か」哲学書房 1990 第1章所収

John McCarthy 「MEMORANDUM TO P.M.MORSE PROPOSING TIME SHARING」http://www-formal.stanford.edu/jmc/history/timesharing-memo/timesharing-memo.html

John McCarthy 「REMINISCENCES ON THE HISTORY OF TIME SHARING」http://www-formal.stanford.edu/jmc/history/timesharing/timesharing.html

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