膨大な組み合わせを「量子アニーリング」で高速解析
膨大な組み合わせを「量子アニーリング」で高速解析
この計算課題を解決する切り札が「量子コンピュータ」だ。従来のコンピュータが「0か1か」のビット単位で逐次処理を行うのに対し、量子コンピュータは「0でもあり1でもある」重ね合わせで計算を行うため、膨大な選択肢を並列的に探索できる特性をもつ。
今回の実験で採用された「量子アニーリング」(Quantum Annealing)は、金属加工の「焼きなまし:アニーリング」という物理現象に由来する。金属を高温に加熱後、時間をかけて冷却するとその原子が最も安定した配置に落ち着き、強度や品質が向上する。この物理現象を量子力学に応用し、膨大な選択肢から最適な組み合わせ(最適解)を瞬時に見つけ出す。東京工業大学(現在の東京科学大学)の西森秀稔教授によって1998年に提唱された理論で、2010年頃にカナダのD-Wave Systems(ディー・ウェイブ・システムズ)社が世界で初めて実用的な量子アニーリングマシンを開発している。
量子アニーリングは「組み合わせ最適化問題」の解決に特化している。組み合わせ最適化とは、膨大な選択肢の中から最適な組み合わせを見つけ出す計算だ。身近な例では、複数の都市を訪問する最短ルートを探す「巡回セールスマン問題」や、効率良く配送するためにトラックにどのように荷物を積み込むかを決める「ナップサック問題」などがこれにあたる。
こうした計算は、逐次処理の従来型コンピュータでは計算に膨大な時間が必要となり、通信のように瞬時に結果が求められる用途には適さない。その役目を量子アニーリングが果たす。
6Gの通信要件に最適化した「ハイブリッド型信号処理」の進化
NICTではこれまで、ハイブリッド型信号処理手法の開発に取り組んできた。
(1)分業体制の基礎確立(2024年7月)
世界で初めて量子アニーリングを用いた屋外多数同時接続実験に成功。量子アニーリングマシンが最適解を高速に生成し、古典コンピュータが統計的な事後処理を行う「分業体制」の基礎を確立した。これにより、従来手法と比較して信号分離の計算時間を約10分の1に短縮できることが確認された。
(2)6G標準仕様への対応(今回の成果)
前述の成果をさらに進化させ、6Gで必須となる「マルチアンテナ・マルチキャリア伝送」(MIMO-OFDM)という、より複雑な通信環境に対応。さらに、実際の運用に不可欠な制御機能も実装された。
今回の手法では、計算の柔軟性に長ける古典コンピュータが「前処理や制御」を担い、最も負荷の高い「組み合わせ最適化」のみを量子アニーリングに託す。この最適化により、量子コンピュータのリソースを最小限に抑えつつ最大限の精度を引き出すことが可能となり、実用的な処理速度と信頼性の確保に目処が立ったといえる。
ドローン、ロボット、自動運転などの「AI社会」が視野に
今回の実証実験の成功は、現在さまざまな分野で進展しているAIイノベーションを社会実装へと大きく手繰り寄せるものだ。
(1)物流・交通の高度な自動化
都市部でドローンや自動運転車が密集する環境でも、量子アニーリングに支えられた6Gネットワークが各デバイスの信号を瞬時に処理する。これにより、リアルタイムでの位置把握と相互連携が可能になり、極めて安全性の高い高度な運行制御が期待される。
(2)ロボットの低コスト化と普及
通信の「超低遅延」が担保されれば、ロボット本体に高価なAI処理用コンピュータを搭載する必要がなくなる。高度な処理を基地局側のクラウドに委ねることで、安価で軽量なAIロボットが家庭、介護、災害現場などへ広く普及する土壌が整う。また、工場内設備の完全ワイヤレス化により、生産ラインの柔軟な組み換えも容易になる。
(3)医療・エンターテインメントの革新
医療分野では、遠隔地からロボットを介した低遅延で精密な手術支援が可能になる。また、スタジアムでの数万人規模による同時XR体験など、高速・高信頼・大容量通信を前提とした新時代のサービス提供も現実味を帯びてくる。
6G技術の開発は、NICTをはじめ産学官の多様なプレイヤーによって加速している。2030年の実用化に向けて、日本の通信技術が次世代の社会基盤をいかに形作るか、今後の進展に注目が集まる。
参考サイト
国立研究開発法人情報通信研究機構Webサイト プレスリリース 2026年1月15日 「6G時代に求められる多数接続性能を実証」
国立研究開発法人情報通信研究機構Webサイト プレスリリース 2024年7月25日 「世界初、量子コンピュータを利用した屋外多数同時接続実験に成功」
国立研究開発法人情報通信研究機構Webサイト ホワイトペーパー「Beyond 5G/6G White Paper 日本語 3.0 版」
総務省 「総務省における情報通信技術戦略」
文部科学省 「量子未来社会ビジョン」
D-Wave Systems YouTubeサイト 「量子アニーリングプロセスの仕組み」
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