本格的なデジタル放送時代を迎えた今日、その現状と課題について、中央大学 理工学部 電気電子情報通信工学科 羽鳥光俊教授と、NHK放送技術研究所 谷岡健吉 所長に対談を行っていただきました。前回の『<テーマ1>デジタル化の実現:放送の歴史を変えたMPEG-2』につづいて、今回は『<テーマ2>デジタル化で、放送の何が変わったのか?』についてお話いただきました。
羽鳥教授は、放送、画像圧縮、通信の分野の第一人者として先進的な業績を重ね、映像情報メディア学会会長、電子情報通信学会会長などを歴任、現在、電波監理審議会会長/(社)情報通信技術委員会(TTC) 理事長としてご活躍中です。谷岡所長は、現在、ユビキスタス環境における放送受信用フレキシブル・ディスプレイをはじめ、IPマルチキャスト放送、次世代のスーパー・ハイビジョンの研究・開発を進める研究所の責任者として、また、夜間の災害報道などに威力を発揮するHARPカメラ(電子のなだれ現象を利用して、少ない照明でもきれいに撮れる超高感度カメラ)の撮像管の発明者として著名な研究者でもあります。(文中、敬称略、司会:インプレスR&D 標準技術編集部)

中央大学 羽鳥光俊教授 VS NHK放送技術研究所 谷岡健吉所長
電波監理審議会(電監審)が果たした歴史的役割
谷岡 前回お話に出た、電波監理審議会の現在の会長は羽鳥先生ですが、たしか、その当時は猪瀬博先生(当時、学術情報センター所長)でしたね。この頃、羽鳥先生は放送のデジタル化について、たいへん大きな役割を果たされましたね。
羽鳥 そうです。猪瀬先生でした。BS-4後発機(2000年12月サービス開始)についてはアナログ方式でいくか、デジタル方式でいくか、決まっていませんでした。決定的だったのは、1996年5月の電波監理審議会からのヒヤリングと、1996年~1997年の電波監理審議会のための「検討会」でした。
1996年5月17日に電波監理審議会のヒヤリングがあって、猪瀬先生から直々の意見聴取を受けました。つまり、アナログ方式からデジタル方式へ移行できるかどうかの再審査が開始されたわけです。その時点でも、MPEG-2の実用化について継続して勉強していましたから、私はすでに急速にハードウェアの技術進歩が進んでいるMPEG-2によるデジタルでいけるのではないか、と確信していました。
ちょうど、私がアナログからデジタルに意見を変えたいと思っていたときに、ヒヤリングがあったのでびっくりでしたよ(笑)。ヒヤリングには、NHKさんと、松下電器さんと、私が参加しました。1年間かけて再検討するということは、デジタル方式に切り替えたほうがよいということだったのです。
デジタル化された放送とは? アナログ放送とどこが違うのか?
—それはドラマでしたね。歴史的な「アナログかデジタルか」の選択が、3年半間のうちに、ひっくり返ってしまったのですから。しかも、MPEG-2という圧縮技術が主役を演じたということも、すごいことでしたね。
ところで、アナログ・ハイビジョンから、デジタル・ハイビジョンに移るということは、MPEG-2以外に何が変わったのでしょうか。すなわち、放送がデジタル化したというのは、具体的にどこがデジタル化されたのでしょうか?

谷岡 そうですね。その当時、アナログのミューズ方式のハイビジョンについて、アナログ方式だから、スタジオの放送機器までがすべてアナログ方式だという誤解がありましたね。
実は、伝送(電波で番組を送るところ)のところはアナログ方式であっても、当時から、カメラで撮影されたハイビジョンの映像は、すべてデジタル化されて、デジタルVTRに入っていたのです。すなわち、伝送以外はすべてデジタルだったのです。
ところが、世の中の見方というのは、アナログのミューズ方式だから、すべてアナログのシステムで放送されていると誤解されてしまうのです。実際は、その映像(番組)をつくる側の、つまり番組制作側は、当時からデジタルでやっていたのです。そこを理解していただくために、一生懸命説明して回ったことを思い出します。
また、国際的に見ますと、デジタル放送のサービスそのものについては、たしかに日本は、欧州や米国に比べて、遅くスタートしたところもありましたが、結果的には今一番良い方式で放送できていると思っています。
放送のデジタル化ということについて言いますと、NHKは結構早くから研究に取り組んでおりまして、1960年代には、もうデジタル技術の研究が始まっていました。例えば、1967年(昭和42年)には、PCM(Pulse Code Modulation、パルス符号変調)の録音機が開発されました。
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